3.蜘蛛の糸繰

なだらかな裾を持つ山々
息吹に満ち満ちたその姿は日の光をいっぱいに浴びて新緑の色を放っている
清清しい風が吹き、どこからか動物達の息吹を運んでくる
近くの枝から鳥の声、遠くの林から鹿の鳴き声、さらさらと心地よく響く木々のざわめき
そんな音の中に、一つ違う音があった

がさっ・・・がさっ・・・

四足の獣と違い、一定の足音
その足音の主は何かを背負い、細い道の両側に生い茂り被さる草草を踏みしめるかのように歩いている

「やぁ・・・やはり故郷の山はいいねぇ」
男だった
彼は、歩みを止めると頭に被った編み笠を少し上げ目線を足元から上に上げた
覆いかぶさるように茂る木々
そこからちらりと見える空は青々としていて本当に清んでいた
木々の間からは涼しげな風が吹いてきて、汗で湿った頬を撫でていく
水筒の水を飲む
喉を通る水は染み渡るようだ

「さて、あと一息だ」
山林の細い道
人通りも少なく埋もれてしまうかのような道を、歩いていく



しばらく歩くと、道が削れたように溝になっていた
「雨で削られたか・・・」
草の生えていない道
水が地に染み込む前に、むき出しの道を抉って行ったのだろう
しばらくそこを避けて歩むと緑をつけたまま倒れている木が道を塞いでいた
「・・・大雨でもあったのか?」
木は跨げるくらいの太さ
しかし、荷を背にしている彼は転ばぬようにと上に乗ることとした
大きめな石がある
それを踏み台にして上に上がる・・・

「・・・?」
荷を引かれた気がした
しかし、後にはなにもない
ではなんだ?この荷を引っ張るものは・・・
腕を伸ばして確かめようとした
「・・・うむ?」
腕を上げると肘が何かに引っかかった
引っ張ってみたけれども、何かは取れない
さて・・・困った
腕と荷をとられて、宙吊りになってしまった
このまま、木を降りれば取れるだろうか?
もし、取れなかったら本当に宙吊りとなってしまう
しばし思案することにした

「・・・まさかとは思うが・・・狐狸にでも化かされているのではあるまいな?」
編み笠をはずし、上を見たが何もみえない
木漏れ日が目に入るのでまた笠をつける
化かされているのであらば・・・

腰に下げた袋から煙管を取り出す。口に咥え刻みタバコを取り出すと注意をしながら丸めて煙管に入れる。その上に綿を丸めて火打ちの火を受け止めるべく置いてやる
そして、両手で火打ちを持つと火を点けるべく擦り合わせる
口に咥えた煙管。その綿に火を飛ばすのは至難だった
やっとの思い出火をつけると風を送り込んで赤々と燃やす
それは、だんだんと下の煙草を燃やし薄い煙を上げ始めた
「・・・ふぅ。一息・・・」
煙を吸い込む・・・
焦ったときの一息
化かされると言う状態は、恐らく何らかのきっかけと焦った状態によっていつまでも気が付かぬままいることなのだろう
そんなどうでもいいことを考えていた時だった・・・

『もし?そこなお人?』
声を掛けたれた
ありがたい。誰か来たのならばこの状態もなんとかなるであろう
しかし、奇妙なことにこの声は頭の上から聞こえなかったか?
『なにかお困りで?』
なお、問いかけは続く
今の声は先ほどよりすぐのところで聞こえた
近づいている?
「・・・」
宙に上がった手で笠のつばを上げる
軽く何かにその先が当たった
背を反らして上を見る
「・・・?」
最初に見えたのは髪の毛であった
黒く艶やかな髪が光を浴びて白く光っていた
目線を上に持っていく
どうやらこの人物は上からぶら下がっているようだ
額が見えた
その額には、黒曜石のような石のようなものが6つありその上に眉と目があった
その目は一心に私を見つめていた
女であった
目が合う
「なんと。これは私好みの好い女だな」
逆さまだが・・・若い女子が目の前にいた
そういうと驚いた顔をしたが、ちょっと笑って言った
『まぁ!・・・お困りでしたならば、わたしがお助けしますよ?』
そう言うと、女は艶やかに潤んだ唇を少し嘗めた
「いや。特に困ってなどおらぬよ」
『しかし、あなた様はずっとこうして立ち尽くしておられる。休むのであらばお座りになったらいかがかと』
「いや、少し地から上にあがった景色を見ているのだ」
『なら、もう少し上に上がりたいとは思いませぬか?』
「生憎だがこのままで・・・。私のことより、そなたこそ、その宙吊りのままではきつかろう。下に降りたらどうだ?」
『ならそのように・・・』
瞬く間に女の顔が逆さまではなく普通になっていた
何かが落ちる音もなく・・・
すっと・・・
目と鼻の先に女の顔がある
少々上目使いで、熱く見つめる女
おかしなことに気づいた
私は、木の上に乗っている
されど、女は木などに乗っていないのに私の鼻先に顔を寄せているのだ

熱いまなざしを送る女から逃げるように、横に足を滑らせ
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