その男が店に入ってきたのは、宵五つ(20時くらい)の頃であった
客引きの女どもに誘われたわけではなく
ふらりとその店に入ってきた
「いらっしゃいまし」
店の主人が愛想よく話しかける
「お初のお客様ですね。うちは選り取りみどり、気立てのいい娘から床上手な娘まできっとお客様を天にも昇るほどのいい思いをさせることでしょう。どのような娘が好みですかな?」
風体は、紋のない黒い着流し
腰に大小を刺していて
腰帯に絵柄のない印籠を下げている
少々羽振りの良い浪人といった風情だが、どことなく内面から滲み出すものか、きちんとした侍であるかのような気を身に纏っていた
「・・・誰でもよい。酒をくれ」
ぶっきらぼうにそういう浪人
そういう客に慣れているのか主人は、客引き場の隅で鏡を見ながら簪を挿そうとしていた女を呼ぶ
体系は太め世辞にも美人とはいえぬ女がやってきて浪人を部屋へと案内する
「お客さん。こういうところは初めてかい?だったら、あたいがいろいろと教えてあげるよ?」
浪人は大小を腰から抜き、窓辺に座ると言った
「おんな。俺はお前を抱くつもりはない。だから、傍らで寝ておれ。その代わり、酒をもってこい」
「・・・そうですか。なら、あたいは休ませてもらいます。お酒は今お持ちします」
そうして女が横になるのを横目で見ながら、窓を開け黙って酒を飲んでいた
その店は、遊里。女郎屋であった
通常、女郎屋で客が女郎に抱くつもりがないと言うと、女郎は暇を出されたということだ
代金はきちんと支払われるので、そうした客は喜ばれた
奇妙なのはその浪人が、その日以降も現れ女郎も抱かずに酒ばかりを頼むことだった
そんな浪人の話は、狭い女郎屋ですぐに噂となった
その日も浪人はやって来た
「・・・主人。酒をくれ・・・」
そう言うと浪人は部屋への階段を昇る
そんな浪人を見つめる女がいた
「だんな様?今日は私にあのご浪人さまのお相手をさせておくれ」
その女は店の主人に頼んだ
「シズク。庄屋の若はどうするんだ?」
シズクと呼ばれた女はクスと笑うと言った
「他の娘を今日はあてがってみなさいよ。私だけいつも若のお相手じゃ他の子がかわいそうよ。新しくやって来た娘なんてどうかしら?きっと若旦那様が女の喜びをやさしく教えてくださいましょう」
「しかし、あの若旦那はお前にぞっこんなのだ。お前がいないと不機嫌になられてしまう。お得意様だなんとかならんか?」
「ならば、私が新しくやって来た娘と一緒に若のお相手をし、後のことはあの娘と若に任せるということで・・・」
「それで若旦那が納得するか?」
「クスッ。私が何とかしましょう・・・」
「頼んだぞ?あの若旦那はいつも大金を湯水のように落としてくれるお客だ。いつまでも大切にしたいものだ」
店の主人は金の亡者のような下卑た笑いを女に見せた
「・・・」
女はそんな主人が嫌いだった
『酒だ!』
浪人の声が廊下に響く
「はい!ただいま!!」
主人が返事を返す
「じゃぁ、私がお酒を持っていきます。若が来たら呼んでくださいな」
「ああ」
酒を持ってシズクと呼ばれた女は浪人の待つ部屋へと入った
「・・・」
「お酒をお持ちいたしました」
鋭く一瞥を加えた浪人
窓辺に座りそこから見える河の流れを表情のない顔で見つめている
シズクは浪人の隣に座る
「シズクと言います。以後お見知りおきを」
「・・・」
関係ないとばかりに河を見つめ続ける浪人
シズクは黙ったままで静かに浪人に猪口を差し出した
それを見た浪人は受け取った
「まずは一献」
「・・・」
何も言わずに酒を受けくいっと呷った
誠に静かな酒盛りであった
シズクが酒を差し出すがまま浪人がそれを受ける
「・・・」
「・・・」
浪人は窓から見える景色を見ながら、静かにシズクに猪口を差し出す
何も言わずに酒を注ぐシズク・・・
そんな酒盛りが続く中・・・
『シズク。若が来た!こちらに頼む』
そんな声が廊下より聞こえた
「わかりました」
そう言うと、シズクは部屋の隅にある鏡へと向かい少し身なりを確認すると、浪人へ言った
「少し出てきます。どうしてもと言うお客様がおりまして・・・」
「・・・女。俺はお前を抱くつもりはない。馴染みの男がおるならばそちらへ行ってやれ」
「今夜のあなた様のお相手は私なのです。ですから戻ってきます・・・」
『シズク姉さま?菊です。よろしいでしょうか?』
廊下より若い娘の声が聞こえる
「キク?今行きます。・・・では後ほど・・・」
シズクは浪人へ一礼すると去っていった
『姉さま?わたし、大丈夫かなぁ・・・』
『大丈夫よ!この前教えたとおりにやればいいの。あなたには私の魔力・・・力を注いだんだからうまくやれるはずよ!!』
『男の人の精ってどんな味がするのかなぁ』
『きっと病みつきになるわよ♪』
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