青く瑞々しい若葉が水面を下っていく
清流の流れに乗って、右へ左へ石を避けながら流れていく
それから目を離すと水草の青々しい緑が川の底から浮かび上がってくる
サクラの花が咲き終わった頃、草草は春の到来を待ち焦がれたように若葉をいっぱいに広げる
目に映る緑の心地よい青
深緑と草草の放つ心落ち着く香り
清らかな水の流れる音を楽しみながら私は小川沿いを歩いていた
とある人物を尋ねるところである
その人物はこの小川に近い山林に住んでいるという
小川の両脇に広がる山林には大人でも抱えることが出来ぬほどの太さを誇る巨木が、天へ高く高く伸びようと茂っている
苔むした木肌、目に栄える緑、それは陽の光を受け若草色の光を地面に注いでいる
木漏れから伸びる日が筋となって若葉から落ちようとしている雫を硝子のような眩いものへと見せ付ける
「よいところへ住んでいるものだ・・・」
私の名は、崎間慎吾
崎間家とは足軽頭の一つである
当主、崎間松唯。これが私の父
嫡男 唯春。次男 松久。そして、私
崎間家の三男だ。ゆえに部屋住みの私には、家を継いだりしなくてもよいというものだ。まあ、そのうちどこぞへ養子縁組することになるであろうが・・・
そのようなワケで、三男坊という立場は実に気楽なものである
だからか、心の底では何か家の役に立ちたいと思う事もある
と言う事で、今日はわが兄・唯春のためにこの地まで足を伸ばしていた
先祖は、苗字も付かぬ足軽であった
戦の世において、誰よりも早く戦場を駆け抜け先陣を切ったという。そして、数々の功績をあげた
馬よりも早く駆け抜けたということから
崎間の名を賜ったのだ
そして、戦の世が終わると、功績により国の殿様より一振りの太刀を賜った
それ以来、崎間家の嫡男が家を継ぐ時に、これも一緒に継ぐ
兄は良家との縁談もまとまり婚礼の時を控える身であった
婚礼に望む前にこの拝領の太刀をきちんとした研ぎ師に見てもらうと言う事となった
その研ぎ師は、この国・・・いや、他国にも名の通った研ぎ師であるという
私が住む城下より二刻ほどの山林の中に居を構えているという
刀研ぎの他にも、蒔絵や塗り物などの美術品も評判が高く
城の者達や商家の者たちもこれを買い求めようとするという
されど、気の難しい人物らしくなかなか手に入らぬともいう・・・
いったい、どのような人物なのであろうか・・・
いつの間にか川辺が少し開けたところに差し掛かっていた
大木の木々の根元にはスミレが薄い紫色の花を咲かせて揺れている
川には刀身のようにすっと伸びた葉を持つ草草も群生している
水仙の蕾を少し大きくしたような形の蕾
「・・・アヤメか?菖蒲か?」
蕾の緩んだその中から、むらさきの花びらが開ききるのは待ちきれぬと出でて、清流の風に揺れている
そこいらは緑色と紫色の色豊かな場所であった
その昔、紫は高貴なものの色とされていたらしい
確かにこの紫は魅了される
そんな眺めを見ていると、川の向こうに一軒の家が建っていることに気が付いた
木々の枝に阻まれその全容は見えないが、萱葺きの低い屋根が見えることから大きな家であるらしい
小川には、細い丸太を並べた小さな橋が渡されている
橋の苔に足を滑らせないように気をつけながら歩む
なだらかな坂を少し上ったところにかの家は建っていた
その坂には野草が低く茂り、その中からは時々鶏が地面をつつきながら歩いているのが見える
「ごめん!」
そう言ってから、玄関の戸を開ける
「はい!」
中からは凛とした女子の声が聞こえた
「拙者、崎間慎吾と申すもの。菫(スミレ)殿はいらっしゃるか?」
すると奥の方がら黒のような色をした着物を身に付けた女性が現れた
「どうぞ中へ」
敷居を越えると目が暗くなる
目が慣れてくるとそこには、薄い紫色した着物を身に付け、深い紫の帯をしている女性がいた
髪の色は艶やかな黒。両の肩に下がった髪を赤い紐で束ねている
その間からちらりと見える人の丸い耳とは違う、尖って長めな耳
内面の強さを物語るようなきりりとした瞳・・・
その容姿はとても美しかった
しかし、左目の下から頬に刃で切ったような傷跡が少し恐ろしげな印象も与える
魔物と呼ばれる類の人なのだろうか?
「菫はわたくしでございますが?如何様なご用件で?」
「あなたが、菫殿?」
研ぎ師と聞いていたので驚いた、このような美しい女性だったとは・・・
「はい。研ぎ師ということから男の方を想像なされていたようですね。されど、男で菫という名は付けますまい。さて、ここでの立ち話はやめにして、中で伺いますわ」
“どうぞ”と言って奥の間に案内してくれた
「そこに座り、少しばかりお待ちください」
案内されたのは、畳張りの部屋ではなく、板張りで何かの作業場のようなところだった
部屋の中は、長い年月を
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