6. Communication

彼女の家と同じ所にあった平屋に住むことになった私
引越しの様子を興味深深で覗き込んでいた彼女は、一通り運び終えて一休みした私の前に来るとコップを持って来た。中には何かお茶のようなものが注がれている
そして、コップを突き出し飲むような仕草をした
“ほら、お前も何か飲み物をもってこい。乾杯できないじゃないか!”
とでも言っているようだ
すぐに、缶コーヒーを持ってきたけど、首を傾げている
ああ、缶コーヒーが分からないのかな?と思いあたると、コップを持ってきて注いだ
注いだのを確認すると、彼女はコップを突き出しだ
こちらもそれに合わせてコップを突き出す
もし彼女が目の前にいたのなら、チン!と音を立てていただろう
互いに笑顔でコップを仰いだ

再び家具をセットしていく
ついでにカメラを持って動き回るのが面倒に思っていた私は、余っていた液晶ディスプレイに繋げっぱなしにすることにした。部屋の隅にカメラと三脚をセットする
これならあちらの様子を見つつ作業が出来るだろう

次にテレビをセットし最初に電源を入れた
彼女は画面にニュースキャスターの上半身が映し出されたのを驚いたようでテレビの周りをぐるぐる回りだした
テレビは明日の天気予報だった。衛星写真や天気図をみて興味深そうにそれを覗いている
昔、テレビを初めて見た人に“箱の中に人は居ませんよー”と言うのがあったが、やっぱり初めてテレビを見た人は誰しもそう思ってしまったのかなと、妙な感心をしつつそれを眺める私

相変わらずテレビの前から離れない彼女を眺めつつ、私は寝る支度をしていた。とりあえず、寝床の確保だ。家具の配置とかは明日にまわすことにする。寝床をつくって一息入れると、ここ最近のことが頭に浮かぶ。カメラがないとあちら側を見ることが出来ないが、これからわくわくする新しい日々が続くと思うと引っ越して良かったと思う

私がベッドの支度をしているのに気が付いたようで、しばらく腕組みをするとすぐに彼女ほ自分の部屋の片隅を片付け始めた。どうするのか見守っていると片付けた本などを担ぎ上げ、部屋の隅にあった階段を登っていった
なにをするのか?と思っていると、おおきなベットを抱えて降りてきた
それを開いたスペースに置くと親指立てたグーをしている
はぁぁ?!何考えているんだ?まさか、一緒に寝るつもりなのか?
驚いていると、彼女は時計を持ってきて時計の針をグルッと回しこちらを指差す。そして布団を被り、壁にもたれ掛かると体育座りをして膝と膝に木箱カメラを挟んで見だした
その顔はニヤニヤしていて、彼女の尻尾は楽しそうにパタパタと揺れていた
・・・つまりは、24時間おまえを観察するということなのか?
しばらくは落ち着かない日々になりそうだ・・・


引越しを終え生活がひと段落付くと、私は彼女にあるお願いをしてみることにした
身振り手振りと絵による会話にイライラを募らせた私は彼女に向こうかこちらの文字を覚えるか教えてもらえないかと頼んでみた
そうすると彼女は私が文字を覚えてくれないか?みたいな事を示した
“お前の世界のことはその箱で見れるがこちらにはそんなものはなく文字と絵だけがこちらを知る手段だ”
とでも言うかのように、身振り手振りで伝えてくる
私は少し迷ったが、その申し出をすぐに了解した

その日から私は勉強することにした
彼女は絵本を開いてくれた。子供用に描かれた絵を見るとだいたいストーリーは分かる。それを付きっきりで教えてくれるので勉強にも熱が入る

かの有名な盲人Hケラーだって目も耳も失ったのに勉強して偉人になった
私に出来ないはずはない!!

と、意気込んでみたものの、案の定見たこともない文字が書かれていた
英語でもない、ギリシャ、エジプトヒエログリフ、果ては楔形文字まで調べてみたけれどそこにあった文字はどれも参考にならない
ミミズがのたくりまわったような奇怪な文字から鋭角な文字までが並んでいる

身振り手振りと絵による向こう側の文字の習得
少しずつではあったが会話が成り立っていく様子は面白かった

「君…何者…?」
“私…蜥蜴人…”
蜥蜴人って・・・?リザードマンとかいうやつだろうか
なら、戦士とか武に生きる人なのだろうか?
「君…戦士…?」
“私…戦士…違う。記者…記事…書く”
単語の間の文字がまだわからないため筆談はこんな感じになってしまうが、それでも言いたいことは十分に伝わる

記者なのかと納得していると、彼女は今まで自分が書いたであろう記事を持ってきて見せてくれた
見たこともない人のような生き物と人が戦っている写真と文字列
のどかな風景に魔女のように尖がり帽子を被りマンガでおなじみの魔方陣を空中に出して、雷を出している人影が写っている記事
どこかで見た奴が自動車の前で笑っている記事・・・って、あれ
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