雪に閉ざされし山里で <上>

その里には、こんな口伝がある
“旅人来し時、吹雪の合間晴れる時あれど決して外に出てはならず
氷女(ヒメ)さま出でてこれを婿とす
これ永久に契りてその姿見ること叶わず・・・”


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合掌造りの二階から見える、山里は一面の銀世界だった
どうやら昨日まで降り続けた吹雪も早朝に止んだらしい
「アメリア、一面の銀世界だぞ?」
「はい。この景色、故郷を思い出します」
朝日に照らされたその景色を懐かしそうに目を細めながら見ている
「アメリアの故郷・・・すばらしい所なのであろうな。行ってみたいものだ」
「いつかそのような日も来るでしょう。その日を楽しみにしております」


冬に入り、足止めされることになった二人は、とある山里に厄介になっていた
村長(むらおさ)なる人物はよく出来た人柄で、アメリアがあやかしだと分かっても拒むことなく受け容れてくれた
『ワケありな旅なのでございましょう。困った時はお互い様です。さあどうぞお上がりになってください』と。
そうして、村長の家に世話になることとなった
二人は村長の好意によりこの家に厄介になっていたが、この家に厄介になっている者はもう一人いた
内海からこの山々そうして山を越えたところにある海一体を治めている藩の同心、木ノ内又左ヱ門である

先月、正月から幾ばくもない頃お上より御触れ書が諸藩に廻った
それは、異国より輸入もしくは、抜け荷として入ってくる品々の一斉取締りが通達された
中央府城内、奥の院にて、多くの女達が将軍の気を惹こうとあらゆる魔道具、若さを保つ為の血や薬といった品々などを大量使っていることがわかった。あやかしの品々規制に躍起になったお上は都市中及び各藩に、規制品の取締りと実態調査などをすることを通達
同心 木ノ内又左ヱ門は藩内各所の漁村や港を回り、実態調査をしていた
しかし、この山里に来たが途中、峠が雪に覆われ立ち往生することとなり、村長の所へ身を寄せていた。
一つ屋根の下にあやかしとあやかしを取り締まる役人とが一緒になってしまったワケだが、アメリアを木ノ内殿と会わせるわけには行かずに、雅之進は病弱な妻が部屋で臥せっていると伝えていた
「お内儀どのの調子はいかがでござるか?」
土間でくつろいでいると木ノ内殿が酒を持ってやってきた
「村長どのによくよくして頂きいくぶん元気になり申した」
「それはよくかったでござるな」
「ありがとう存じます」
「菊池殿?菊池殿はおそらく都の同心ではないかと思われますが如何か?」
「・・・さよう。されど“元”同心であります」
「元・・・。いや、立ち入ったことを失礼し申した」
「なんの。この働き盛りに何故と不審を抱かれるのは致し方なく」
「・・・お内儀の具合はよろしくないので?」
内心まずいなと思った。同心であった自分とアメリアの関係。この話の流れにまずさを覚えた雅之進は曖昧にして話を逸らすことにした
「・・・。・・・木ノ内殿はまだ娶られていないのですか?」
「いや。これは・・・お役目、お役目と言い訳をして縁談も先延ばしにしている次第。なかなか、これはと思う女子がおらぬのですよ」
「そのお気持ち分かりますぞ。私もあれと結ばれる前は同じでした。お役目を理由によくかわしていたものです。女子であれば、女郎や夜鷹なぞを相手にすればいいと考えていましたな。木ノ内殿もどこかで良い女子とめぐり合われると良いですな」
「そうですな。されど、まだまだそのようなことは先になりましょう。お上からのお触書のこともありますしな」
そう言うと木ノ内殿はぐいと酒を呷った

火にあたりながら酒を飲めば当然、体が熱くなる
酔い覚ましに外に出てみようと言うこととなった

外は一面の銀世界
山里は人気もなくただ風が緩く吹いている

と、
向こうから人影がこちらへ向ってくる
だんだん見えるにつれ女であるようだ
どこに行くともない二人は道に突っ立ってその様子を眺めていた
女は白い着物に青い帯を締めている。髪は銀髪だが年老いているわけではなくむしろ年頃の娘、近くまで来た頃にはその驚くような美貌に目を奪われた
女は二人を避けようとはせず、二人の間を通り過ぎた

“・・・ーーー、ーーーー”

通り過ぎる時、何かを囁かれたような気がした
そして一瞬、首にチクリとした感触があった
女はそのまま去っていく
気が付けば二人して呆けたように突っ立っていた
「木ノ内殿、酔いも醒めた頃ですし戻りましょうぞ?」
「む?ああ。そうですな」
再び女の方を見たが、もうその時はどこに消えたかその姿を捉えることはなかった

「おかえりなさいませ」
「ああ。今戻った」
部屋に戻ってきた雅之進は手桶の水で顔を洗った
「下の役人はどうでした?
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