「そこの殿方様」
鬱蒼とした林の中、僕は声をかけられる。
振り向くと一人のシスターがいた。
「いけませんわ、そんなことをしては」
なんだ、その口の人間か………
「ほっといてくれませんか?
僕は今死ぬので忙しいのです」
目の前の縄で作った輪っかを、僕は見つめる。
「でも………」
「あなたが止めても無駄ですよ。今日死ななくとも明日死にます。明日死ななくとも明後日死にます」
「………………」
彼女は口を噤む。対して、僕はさらに畳みかける。
「まぁ、これから毎日僕のことを見張り続けるなら話は別ですがね」
さて、これでいなくなってくれるだろう。
「あの…………その…………」
しかし、予想外。彼女が僕に背を向けることはなかった。
「?」
こういう話し方をしておけばきっとめんどくさがってどっか行ってしまうだろうと思っていたのに………まだ踏ん張るつもりなのか?
「それは………
求婚ととってよろしいでしょうか?」
キュウコン?………きゅうこん?………求婚
「はぁ!? 求婚!?」
「はい、要するにプロポーズのことです」
僕は慌ててもう一度彼女に振り返る。
なんだこのシスター、頭がおかしいんじゃ…
「あ…………あああ」
しかし、ちゃんと彼女の姿を確認してその考えを変える。
もう少し早く気づいていればよかった。
聖職者のくせに露出が多すぎる。
何故か胸の谷間のところに穴が空いているし、チャイナドレスばりのスリットがあってそこから実に扇情的な太ももが覗いている。
さらには尻尾まで生えているじゃないか。暗くてよく見えなかった!
「それでは、契約……もとい、婚約完了ですね?」
「な、なななな」
彼女は左の手の甲をこちらに向けてくる。薬指に何かの印が刻まれる。
まさかと思い僕の左手の薬指も確認してみる。
すると、いつの間にかハートのような刻印が刻まれていた。
「なにぃぃぃぃぃ!!」
「それでは、少しお話ししましょう、ダァリン
#9829;の家でね?」
こうして、自殺から一変して結婚してしまった僕は───
泣く泣く彼女を家に入れるしかなかったのだった。
「はぁ…………どうしてこうなってしまったんだ」
「とか言って、実は死ぬ気なかったんじゃないんですか? ずいぶんともたもたしているように思えましたしねぇ?」
「あったよ。縄はあの時結んだばっかで、今まさに首を通そうとしていたところだったんだよ!」
「知っています
#9829;」
「……………」
今こいつの目の前で死んでやったらどんな顔をするのだろうか………
「言っておきますけれども、これから先は死のうと思っても無駄ですよ。ずっと監視していますし、もし死にかけても魔法で何とかしてあげちゃいますから」
「これが俗に言う八方塞がりってやつなのかねぇ…………」
「んもぅ……私がいるんですから死ななくたって平気じゃないですか
#9829;」
「そう思えたら幸せなんだけれどね」
「……………話していただけます? どうして死のうと思ったのか」
「別に、何か辛いことがあったとかじゃないよ。ただ、生きる意味を見出せなくってさ」
「ふぅん…………」
僕は立ち上がって彼女から離れようとする。なんだか気まずい。人───人?にこんなことを話すのはあんまり気が進まない。
少しでもいいから彼女から逃げようとした、言わずもがな無駄なあがきだ。
「あ、待ってくださいよぉ
#9829;」
現に彼女は立ち上がりかけの僕の腕を掴んだ。
掴んで、僕の手の平をあの胸のところの穴に突っ込ませる。
「────なっ!」
「ダァリン
#9829;生きる意味なんてどうでもいいんですよ? そんなことで悩んじゃ駄
#9829;目
#9829;ですよ」
「確かに、自分でも悩んでることが馬鹿馬鹿しくなってくるときはあるね」
でもすぐに沈み込んでしまう。心を根本的に変えるのは難しいのだ。
「私的見解を述べると、生物が生きる意味は「増えること」。ただそれだけなんです」
「………一理あるの、か?」
聖職者がそんな神も仏もない私的見解を述べちゃっていいものなのかどうかはわからないが。
「心無き者はその自然の摂理にただただ従うだけ。愛無く増え続けるだけ………そんなの虚しくて死にたくなっちゃいますよね? でも、心と感情を持った者は「増えること」に、ひいては「生きること」に新たな意味を生み出したの───
今からそれを教えてあげます───しがない性職者として
#9829;」
「!」
言うが早いか、長い尻尾が巻きついて僕の身動きを封じる。
「ねぇねぇ、お口で妊娠ってできると思います?」
「できるわけがないだろ………できないよね?」
魔物娘だったらありえ───
「ないですよ。あなた魔物娘をどんな目で見てるんですか───
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