善意は人のためならず──はっちゃけていたほうが人のためになる

『今度は私に欲情しても殴らないであげますから、他の子にはしないでくださいね
#9829;』


「どうしたんすか? 親衛隊隊長殿」
「ん、んぁ」
 アイミンのライブが終ってもなお、僕は呆然とライブ会場の中に立ち尽くしていた。するとその様子を心配してかファンクラブの一人が話しかけてきた。
 ちなみに親衛隊隊長というのは僕のアイミンファンクラブの会員ナンバーから来ている。会員ナンバー『13』。1のフォントがアルファベットのI(アイ)に見え、『1(アイ)3(ミン)』と読め、さらには僕のアカウント名『1(ヒト)3(ミン)』とも読める。そんな奇跡のようなナンバーなのだ
「い、いや特になんでもないけども」
「本当っすか? なんだかライブの最中も少し上の空って感じでしたっすよ」
「あー……ちょっと考え事してて」
 すると我が同志は驚いたように目を見開く。
「隊長がアイミンそっちのけで考え事なんて……これは重大な事案っすよ」
「え……そんなに?」
「そりゃそうっすよ! 隊長が隊長であるその理由はナンバーじゃなくてその大きくて深いアイミン愛にあるんすから」
「うぅ……」
 確かにそうか……僕がアイミン以外のことを考えるだなんて、そしてそれ自体に気がつけないなんてかなり重症だ。
「そんな隊長の脳内をアイミンさしおいて占拠するそれとは……もしかして、恋、っすかな」
「こ、恋……」
「この前ツイートしてたむっちりJKに恋しちゃったとか。隊長、ロリコンまではいかなくとも年下好きの気はあるんすよね」
「あー……」
「なんすかその反応は……もしかして、あの後その子ナンパしちゃったとか!?」
「いや、それは断じて無いよ」
 そう、断じて無い。ナンパとかそんなんではなく、なんだかよくわからないうちに色々と成立してしまったのだから……
「はははっ、ジョーダンっすよ。マジだったらちょっと引きますよ。でもまぁ、隊長が誰かに恋してるってんなら全力で応援します! 頑張ってください!」
「だーかーらー……そんなんじゃないって……」
 そんなんじゃない……うん、そんなんじゃないはず。



『マジだったらちょっと引きますよ──……引きますよ──……引きますよ──……』
 さっきの我が同志の言葉が頭の中でぐるぐると回る。ご丁寧にエコーがかかっているせいで滅茶苦茶尾を引く感じになってる。
「そうだよなぁ、おっさんとJKだしなぁ」
 初対面はかなりいろいろあったせいで感覚が麻痺していたけども、やはりその組み合わせはどう考えても犯罪である。
「はぁ……どうするべきなのかなぁ」
 一度心の整理はついたはずなのに、またごちゃごちゃになってしまった。
 迷う。ここは彼女の将来のために絶縁すべきか……それともこの関係を続けるべきか。
「……」
 うん、そうだよ。やはり彼女の将来を考えると別れるべきなのだ。彼女は現在、周りが見えていない状況なんだ、きっとそうなんだ。だからたかが僕の絵が好きだからという理由で僕本人のことを好きになったと思いこんでしまっているんだ。僕の絵に魅力があるとしても僕自身にはなんの魅力もない……顔も並以下だし、お金もないし。
 だから、そう、彼女にはもっとふさわしい人物がいるはずだ。例えばそれは同級生だったりだとか、これから出会う人であったりとか──とにかく、今この時点で僕を恋人に選ぶのは確実に間違っている。うん、間違っていると断言できる。
「……」
 しかし、やはり男……というか、善き人格者として彼女と絶縁するというのも間違いな気がする。だって、多分──うん、本当に多分、彼女は僕のことが好き……なのだと思う。そんな彼女にいきなり別れを告げるのはとても酷なことなのではないか。彼女の心に深い傷を付ける行為なのではないか。
 もしそれが原因で彼女が人を好きになれなくなったりしたら? 人を信じられなくなったりしたら?
「……うぐぐ」
 考えられる最善手としては、できるだけ自然に、緩やかに僕に失望してもらうことだと思う。そうすれば彼女のことを深く傷をつけることなく、関係を終わらせることができる。
 だけれども、そんなことできる気がしないし……
 そしてここまで考えておいてなんだけども。
「……やっぱ……好きっちゃあ好きなんだよなぁ……」
 それは欲情してるだけだ、と言われてしまえばそれまでなのだが。
 だがしかし、幸せを掴みたい──それは人間として当たり前の欲だと思う。
 だって、不幸になるよりそりゃあ幸せになりたいもの。それを否定する事は──うん、できるか。そりゃあ他が不幸になるようなことは悪いことだもんな。
「結局、善き人格者になんてなれないんだよなぁ」
 しかし、気になることはある。
 どうして彼女は僕なんかとこんな関係を結んでいるのだろうか。それだけはどうにも気がかりだ
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