『家族』

「ハッピー バースデートゥーユー!」
 ぼんやりとした闇の中、明るい歌声が聞こえてくる。
「ハッピー バースデートゥーユー!」
 誰の誕生日なのだろう……何故ろうそくが立っていないんだろう……
 同じようにぼんやりとした意識が回復していく中、僕はそんな風に思った。

「ハッピー バースデーディアハワード〜」

「え?」
 ハワード……それは僕の名前。
「ハッピー バースデートゥーユー!」
 パチリ、と明かりがつく。
 少しだけ古風な食卓。そこに三人のアンデッドがいた。
 僕の右側にはワイト。僕よりずっと大人の女性で、優しそうな笑顔を浮かべている。
 左にはゾンビ。僕より少しだけ年上のお姉さん。活発そうな笑顔で、僕の誕生日を心から祝っているみたいだ。
 そしてテーブルを挟んで向かい側には小さなリッチが座っていた。二人とは違って笑顔は見せず、ただムスッとした表情を浮かべるばかり。
 言いようもない恐怖が、僕の背を舐める。
「あ、ぁ、あなたたちは、誰、なんです?」
 僕は、裏返る声でそう聞く。
 すると。
「誰って……私たちはあなたの『家族』よ?」
 帰ってきたのはそんな常軌を逸した答えだった。
「か、家族?」
 有り得ない。
 だって僕にはちゃんとお父さんやお母さんがいるはずだし、この人たちには一度も会ったことがないんだから。
「そう、今日からお前はアタシの弟になるんだ」
「!」
 左にいたゾンビが僕の肩に手を回す。わかっていたことではあるけども、その体温のない不気味な感触に思わず鳥肌が立ってしまった。
「こら、エイミー。ハワードくんが怖がってるわよ」
 そう言って、エイミーと呼ばれたゾンビから引き離すように僕の頭を抱くワイト。もにょりと柔らかい胸の感触が僕の頭を──
「ひぃっ!」
 しかし、それはほんの一瞬のことだった。すぐにエイミーとは比べものにならないほどの冷気が僕を襲ったのだ。
 しかもただ冷たいんじゃなくて、身体の力を根こそぎ持って行くような冷気。
「ぁ…ぁ」
 危うくもう一度眠ってしまうところだった。
 
「ライラ、やめてあげて」

 墓の底から響くような幽かな声がか細く響く。僕を助けてくれたのは意外なことに正面にいたリッチだった。
「あなたは力のコントロールが下手なんだから……今それをするのは駄目」
「……ご、ごめんなさい。ハワードくん」
 慌ててワイトは僕から離れた。エイミーさんもある程度距離をとってくれた。
「……ハワード」
 そして、リッチは僕の方に向き直った。
「このお姉さんたちが言った通り、今日から君には私たちの家族になってもらう」
「……な、なんでですか」
 そこがわからない。なんで僕がここにいるのかも、家族になる意味もわからない。
「なんで僕が……」
「……それは」

「私たち全員が君を気に入ったからだ」

 またゾワリ、と寒気が。
「き、気に入ったから……?」
 そんな、おかしいよ。気に入ったから家族だなんて……
「と、友達とかじゃ、駄目なんですか? お母さんとお父さんの所に帰らないといけないんです」
「……駄目。君はここにいなくてはならない」
 頑として彼女は譲らない。
 よほど僕をここに留まらせたいみたいだ
「嫌です……僕は帰りたい。僕はお父さんとお母さんの所に……」
 帰る……あれ? なんだろうか、この違和感は。
「帰……る?」
 当たり前のことなのに、絶対に叶わないことだと思えてきてしまう。
「あれ……なんで?」
「……やっぱり憶えてないのね」
 ライラさんが言う。そしてリッチは頷く。
「……つらい話かもしれないけど、ハワード」

「君の両親は死んだ」

「……え」
「病気で、死んだんだ」
「……」
 言葉がでない。
 嘘だ。そんなの。僕が知らないわけがないじゃないか。
「辛かったんだろう。記憶から消してしまうほどに」
「……そんな」
 頭の中が、一気にごちゃごちゃになる。そんなに簡単に記憶を消せるものなのか。
 そんなに簡単に。
 悲しみから逃げられるものなのか。
 信じがたかった。
「大丈夫だ、ハワード」
 いつの間にか、リッチがすぐそばにいた。
「いつか受け入れられるようになる。無理に思い出す必要はないさ」
 ぎゅっと僕を抱きしめる。やはり冷たい。でも、なんだか安心する。あるはずのない温もりを感じた気がした。
「……そういう準備ができるまで、ここでゆっくりするといい。家族になるのはもっと後
でもいい」
 ゾンビとワイトも僕の肩に手を置く。さっきと違って優しい動作だった。
「……」
 それでもわからない。どうやって僕がここに来たのか、どうして彼女たちが僕を気に入ったのか。わからない。
 でも。
 ここにある温もりだけは、真実だと思う。
「さぁ、とりあえずケーキを食べよう。まだ家族になるのか
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