また明日

――教団兵士の朝は早い。
早朝から訓練所での鍛錬に励むことになる。
レスカティエの様な大国では尚更なことである。

訓練所に入ると既に自分よりも早く来ていた者達が組手や稽古を行っていた。
―よお、〜と自分の名を呼ばれ振り返ると騎士団に入隊した頃から世話になっている教官が立っていた。
メルセ・ダスカロス。この国の勇者の一人であり自分の部隊の隊長を務める女性である。

「それじゃあ早速はじめるか。早くかかってきな」
と訓練用の武器を構える。朝の鍛錬では高い頻度で教官の組手をすることになっている。
これで訓練所を出る頃にはくたくたになるが自分の朝の日常である。
―教官に密着できて羨ましい。と同僚から揶揄されることもあるが、自分と代わればとてもそれを気にする余裕は無いことがわかるだろう。

―今日は城で教団による発表式があるので手加減をしてもらいたいと言ったが。
「それは理由にならねえな。」と一蹴された。

訓練が終わり、―自分は成長してないなとぼやきながら座るとメルセ教官は
「そう自分を卑下するんじゃねえよ。お前は入団して来た頃よりも確実に成長している。このアタシが言うんだから間違いねえ。」と励ましてくれた。

この人は一見乱暴者に見られがちだが自分が知っている騎士団の誰よりも優しい人物だと思っている。
自分は立ち上がり教官に―ありがとうございます。いつか教官に並んで戦えるように努力します。と言った。
「その日が楽しみだぜ。ああ、それと――」とメルセ教官は
今夜は飲みに行こうぜと、自分を誘う。
こうやってたまに酒場で交友の場を設けてくれるのが、彼女が部下に慕われる要因なのだろう。――自分もよく酒の席に付き合う――しかし。

―すみません。今日はお見舞いに行かなければならないので、付き合えません。
と断りを入れた。
メルセ教官は一瞬驚いた顔をしたが直ぐに納得した様な表情になり、
「あー。そういえばお前はサーシャの教会の所の出身だったか。じゃあしかたねえな。」
やれやれと残念そうに言い少し心が痛くなってしまった。



――その後自分は教官や同僚たちと共にこの国の中央にある城へ向かった。
今日は教団上層部からのレスカティエ教国の今後の方針などの発表が行われるのだ。
会場となる城の広場は国中から収集を受けた兵士たちが並び我々メルセ隊もその中に加わっていた。

しばらくすると、王宮から国王が登場し教団の意向である今後のレスカティエの活動の演説を行った。
飾り立てた言葉も多かったが要約すると、
―レスカティエ教国は近い内に周辺教団国家の支援も受け、魔王の居る魔界に大規模攻撃を行う事、これには周辺諸国及びレスカティエからも多数の勇者が参加する事、作戦の具体的な日程はまだ不明だがこの作戦を遂行するために国内の税が上がるかもしれない事、である。

うずうずしているメルセ教官を見ながらこれは大変な事になると思っていると――
国王の代わりに一人の少女が壇に上がっていた。
世界一勇者を産出するレスカティエ教国の筆頭勇者であるウィルマリナ・ノースクリムだった。
勇者代表として壇に上がることになっていたらしい。
―人々に不幸が降りかかるのならば、私が盾になりましょう。
―邪悪な者達が牙を向くのならば、私が剣になりましょう。
―だから、決して希望を捨てないでください!必ずや人々を魔王の呪縛から解き放ち、魔に侵されつつあるこの世界を救います!

凛とした少女の演説によって会場内のあちこちから歓声が上がり、そのまま発表式は興奮が冷めぬ内に閉幕した。

――ウィルマリナが壇上にいる時、彼女と目が会った気がした。
ふと、昔を思い返す。他人に話すと十中八九ホラ話だと言われるが、自分にとって本当である勇者ウィルマリナと過ごした日々を。

かつて自分の家は良家ノースクリムの使用人であり、彼女とは幼馴染の間柄だった。
彼女は昔から快活な女の子でチャンバラなどではいつも自分が負けていた。
名前は思い出せなくなってしまったが、彼女の友達――ノースクリム家に出入りしていたので彼女もまた何処かのお嬢様だと思う――と共に三人で遊んでいた。
かくれんぼ、おままごと、勇者ごっこ――あの頃三人ともとても楽しんでいたと記憶している。そして夕方には―また明日とそれぞれが帰路に着いていた。
しかし、その後使用人をしていた両親は仕事を解雇されて路頭に迷ったことでその思い出は終わってしまった。
自分達はウィルマリナに別れを告げる暇もなくノースクリム家から出ていくことになった。

その後自分は騎士団に入隊する事で幼馴染と思わぬ再開を果たすことになったが、自分があれきり会っていない彼女の友達の名前を思い出せない様に彼女も自分のことは覚えていないだろう。国を代表する勇者と一兵士である。今更交友を復活させよう
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