ドドドという音がする。その正体は1頭の有角の黒馬が地を駆ける音だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
なぜそのことを知っているのかというと、今俺自身がその馬に乗っているからだ。
俺は別にこの馬を乗りこなしている訳ではない。必死に手綱と鞍にしがみ付いて振り落とされまいとしている。
なぜこんなことになってしまったのかというと――
「おお!中々良さそうな馬じゃないか。」
「そうでしょうそうでしょう。この駿馬は場所が場所なら王家に献上されてもおかしくない馬です。」
「それでこの価格か。あまりにも安すぎはしないか?」
「これも商売の為。今後とも御贔屓にさせて頂く為のサービスですよ。」
俺はある貴族の三男坊である。貴族とはいえ家は会計にうるさくケチくさい面があり、身の回りの品を普段は兄たちのお下がりで済まされることが多いのだが今日は誕生日。新品のものを買える日で今回は自分専用の馬を買うことにしたのだ。
早速自分は郊外へ行き、商人から良さそうな馬を見繕ってもらったのだ。
そして対面したのが1頭の黒馬だった。今まで見てきた馬の中でも立派な体躯をした馬で、静かに其処に佇んでいた。
しかもこの馬、相場からするとかなり安い。これなら会計にうるさい実家から文句を言われることもないだろう。
「よし決めた。この馬を買おう」
「ありがとうございます。では早速乗馬してみませんか?乗り心地が良くなかったら買わなくとも結構ですが」
「そうだな…万一相性が悪いと困るし乗ってみるよ」
ということで早速自分は騎乗してみることにした。乗り心地は可もなく不可もなしといったところ。まあ初めてならこんなものだろう。
「乗ってしまいましたね?」
「ああ、ちゃんと買うから心配しないでいいよ」
「ところで、つかぬ事を伺いますが、お客さまは童貞ですか?」
「恥ずかしいことにそうなんだがそれが?」
「そうですか、お代は結構ですよお客さま」
「?どういうことだ?」
すると、商人はまさしく悪魔といった姿に変身した。
この商人は人ではなく魔物だったのだ。
「ククッ。まんまと引っかかりましたね」
「お、お前は…」
「私はデビルという魔物でして、人を破滅させるのが大好きなのです。そして…」
デビルは指を鳴らす。すると、俺の乗っている馬の目が赤く光ったかと思うと、その頭から2本の角が生えてきたのだ。
「この馬も魔物だったのか!」
「そうです。そいつはバイコーン。不浄の二角馬です。おっと、迂闊に降りようとしない方がいいですよ。」
「どっどういうことだ?」
「バイコーンは不純を好みますので、童貞の貴方に乗られているのは煩わしくて仕方がないでしょう。もしお客さまが降りれば即座に殺しにくるでしょう。」
「なんだって!」
「ああ、でも慌てることはありませんよ。その手綱を握っているかぎり、バイコーンは貴方を殺せませんようにしていますから。バイコーンの方は必死に貴方を振り落とそうとするでしょうがね」
クククとデビルは笑う。なんということだ。自分は魔物の罠にはまってしまったようだ。
「それでは、思う存分最期の乗馬を楽しんで行ってください」
「ま、待って――」
そしてバイコーンは走り出し――――
冒頭に至る訳だ。あれから二角馬は疾走し、今どこを走っているのかも分からない。俺に出来るのは必死にしがみ付いて振り落とされる時間を稼ぐだけだ。
今まで耐えていたがそろそろ限界も近い。そうなれば自分はこのバイコーンに踏みつぶされるか、あるいは鋭そうな角で貫かれるかの結末を迎えるだろう。
後悔は次から次へと浮かんでくる。ああこんなことなら馬など買いに行かずに実家にある馬で我慢して高給な娼婦でも買っておけば良かった。面倒くさがらずに真面目に主神様へ礼拝していればデビルに騙されずに済んだかもしれない。
そんな時、バイコーンがいきなり立ち止まった。
「な、なんだ?」
今まで荒れ狂っていたのが嘘のように静かになり、普通の馬に化けていた時のようにその場に佇みある一点を見据えている。
「どうしたんだ?その方向になにかあるのか?」
すると、バイコーンの身体から光があふれ出したのだ。
「う、うわぁ!」
驚いた俺は思わず手綱を放してしまいどさりと落馬してしまった。
しかしバイコーンは俺に襲い掛からずそのままその場に佇んでいる。
だが、体力の限界だった俺の意識は闇に落ちていった。
――もし、もし、大丈夫ですか?
そんな声が聞こえた俺は目を覚ました。
「う…うん…」
「ああ!気が付きましたか!」
目の前には一人の女性がいた。正確には頭に角を生やした下半身が馬の。
「ケンタウロス…?」
「いえ、正確に言うとバイコーン
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