頭上には空を覆う程の木々の葉が、眼下には柔らかい土の地面が広がる、とある森の中。土で汚れた跡の目立つ、簡素な麻の服とズボンを身にまとった一人の少年が、辺りをしきりに確認しながら歩いている。
15歳である成人の一歩、いや三歩前ほどの齢だ。茶髪を短くシンプルに刈り揃えた、一人前の男というにはまだあどけなさが残りすぎた顔は、今や不安と恐怖のカクテルとなった感情で彩られている。
森は“異様”だった。それは、少年が日ごろから森に親しんでおり、“一般的な森”を知っているから得られる知見ではない。
少年はむしろ、自身の住んでいた町で周囲の大人から言われていた事をよく守っていた方だった。つまり、危ない場所とされている森には立ち入った事はなかった。大多数の町民もそうである。獰猛な野獣、森をねぐらにする野盗、それに魔物達。――森は、特別な事情もなく立ち寄るべきではない場所としての理由に溢れていた。
そんな少年でも、この森の“異様さ”には十分気づける程、森の雰囲気は異常だった。自然の天蓋から、わずかに垣間見えた空は桃色に色づいており、木々は立ち入った時と比べて、いつの間にか巨大になっている気がする。そして、何より……誰かに常に見張られている、そんな確信めいた気配を感じているのだった。
如何な理由があるのかは分からないが、少年は森に立ち入った事を明らかに後悔していた。泣き喚いたり、恐怖に駆られて突拍子もない行動は取らないものの、挙動不審に辺りを見渡し、無意識に拳を握りしめて指の関節が白くなっている様子は、まるで捕食者に怯える小鹿のような不憫さだった。
帰り道を探して彷徨っていると、少年はふいに転んでしまう。土から露出していた大木の根につまづいたのだ。幸い土が柔らかく――誰も通っていない獣道である事を示しているのは、厄介な事実であったが――怪我をせずに済んだ。
慌てて立ち上がろうとした所、突然クスクスという笑い声が聞こえる。不意の笑い声に少年は驚きすぎて、胸に何か鋭利な物が刺さったと勘違いする程胸が痛んだ。
少年は頭上の木の枝に誰かが居るのを認める。年端のいかない少年でなくとも、大胆だと形容するであろう衣服をまとった女性だった。紫と黒を基調にした衣服は、下半身がほとんど丸出しと言っていい煽情的なデザインである。
咄嗟に視線を這わせたのが“そういった”箇所であったのを敏感に察したのか、女性は三日月のような大きな笑みを浮かべる。
その笑みを見て、今更に気づいた大きな特徴が目に入った。猫の尻尾と耳である。
――魔物だ。
少年は、下半身を見やった事実を見透かされ、覚えた恐怖心を羞恥心で塗り潰す事になる。一方で魔物は木の枝へ器用に寝そべりつつ未だに笑みを絶やさないまま口を開いた。
「まだ幼く見えるのに、やっぱり男の子なんだねぇ……アタシの“ココ”や“ここ”、気になっちゃう?」
魔物の手は猫のそれをしており、その指に配された爪を用い、艶めかしい仕草で臀部や、大胆にはだけた胸元を指し示す。
突然の問いに、少年は混乱してしまい、上手く返事が出来なかった。魔物はもう一度楽し気に笑いながらも理解を示す。
「大丈夫、大の大人でも怯えるのは無理ないから。アタシも坊やの事を襲ったりはしないよ……多分。……すぐには」
少年は魔物の言葉に多分に含まれる意味深さに、ぞくりと背筋を震わせた。直感が正しければ、この魔物から逃げる術はない。この「襲ったりはしない」という言葉が本当であれ、嘘であれ、信じる他なかった。下手に反抗して気分を害し、折角の気まぐれをふいにする訳にはいかないと判断し、少年は落ち着いて口を開く。
「じゃ、じゃあ……あなたは何をしている、んですか?」
「アタシ? アタシは坊やが迷い込んだこの場所でどんな目に遭うのか、とりあえず眺めていたいかなぁ」
恐ろしいと聞いていた魔物が、ここまで見た目が人間に近く、会話が出来る事実に気を許してしまいそうになる少年。しかし人外の持つ種々の気配は確かに伝わってくる。その捕食者側の視線、そしてあまりに美しすぎる妖艶な美貌……。それらを改めて感じ、ふと「この森から出られる道を教えて」と尋ねてしまいそうになる気持ちをグッとこらえた。
「……頑張って帰り道を探してごらん、上手くいけば帰れるかもね」
終始浮かべていた笑みが一層深くなる。魔物は心の底から帰り道が見つかるかもしれない、とは思っていない事が少年にも伝わった。深い衝撃と絶望を覚えるも、それを相手に気取られたくないという意地で、少年は先へ進んだ。
――――相手が魔物とはいえ、人に近い存在と会話が出来た事で勇気が湧いたのか、魔物との会話の最後で意地を張り、怯えた様子を見せず歩みを再開した少年。しかし土
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