剣と竜と教団と 下




 目的地に赴く道中、リエルの尽きない興味のおかげで、様々なお店や物に道草をして楽しんだが、坂道を登ってからしばらくして、先ほど話をした場所へ遂にやってきた。

 この都市、ヘルメスの一部はちょっとした台地に跨って建てられている。  元々、台地を隔てた町同士の交易をたやすくしようと道を整えていた名残だ。おかげで、ヘルメスの一部では同じ街の一部を見下ろす事が出来るようになっている。

 石のブロックが渦巻き状に地面へ配され綺麗な模様を成している、台地の斜面からせり出した様に作られている広場。私とリエルが立っている所の反対側は、柵が設けられていた。その先に広がるのは、同じ都市の一部……整然と並んでいる様々な建物が眼下に広がる光景だった。
 民家の煙突からは煙が立ち昇っているし、大通りではここからでも分かるほど、なお人通りが絶えていない。まさに、人々の繁栄を謳歌している風景がそこにはあった。
 そして何よりも、街を囲む城壁の向こうに広がる平原、更にその向こうには、雄大な地平線に沈みかけている橙色の夕日が、この広場から見渡せるヘルメスを含めた風景を、一層際立たせていた。

「わぁ……。……これは、とても綺麗な景色だな」

 せり出し、崖の様になっているぎりぎりの所、広場に設けられた柵の場所までゆっくりと近づいたリエルは、風景から視線を離さずに感想を呟く。
 私は、そんな彼女も含め、この風景を眺めた。古城のバルコニーの時では、太陽が地平線に落ちて行くいくらか手前だったので、淡い橙色の光だったが、今は違う。あと少しで地平線に没してしまう太陽なので、夕陽が放つ光が、街に濃い橙色の陰影を作り出す。
 遠くから聞こえる街の喧騒も、自然と遠ざかってしまったかのように感じられ、いつしか二人の間で聞こえる音と言えば、よどみなく吹き渡る風の音くらいになっていた。

 改めてリエルの横顔を見やる。古城の時と変わらず彼女は美しかったが、今では心なしか、その顔から悲しげな感情は伺えなかった。

「なぁ、リーンハルト」

 リエルが、こちらを見ずに言葉を発する。

「……はい?」

「あの古城のバルコニーからも、昔ではこんな風に、活気溢れた町並みが見られたのだろうか」

「きっと、見られたのでしょうね。今ではすっかり、寂れてしまいましたが」

「……良い景色だ、本当に。やはり私は古城からの風景より、こっちの方が活気に溢れていて好きかもしれないな」


 リエルが、ため息を一つついた。またどこか、悲しげな色が顔に浮かんだ彼女を見て、心配になってしまったが、それよりも先に、私は彼女の何気ないその所作一つにさえ、見とれてしまっていた。

「古城に長い間住み、あの子供たち三人に出会い、そしてお前と出会い、私は考えたのだ。例えば、誰かと……そう、とある人間と、私が交友を深めたとしよう。だが、人間の命は儚い。私達魔物とは、肉体的に……決定的に、寿命が違う」

 また一度、風が軽やかに吹きぬけ、私の髪と、彼女の長髪が揺れる。そのまま彼女は続ける。

「……今私が眺めているこの街の光景……交友を深めた、その人間と眺めていた美しい光景も、いずれ、あの古城から眺める光景に変わってしまっているのではないか、と」

 彼女、リエルが語る話を聞き、私はえも言われぬ気持ちを覚えた。最後に「例え話、だがな」と付け加え、こちらを一瞥して微笑んだリエルに対し、私は何か声をかけてやる事も、ましてや口を開く事さえ出来ずにいた。
 敵対者や、魔物から民を守る為に磨いた剣術はあれど、目の前に居るリエル一人に対し、何と言ってやれればせめてもの心の救いになってやれるのかすら思いつかない事が、とても歯がゆく、辛かった。

 しかし、真綿で首を絞められているような思いに駆られている最中、私はとある事を閃く。


「リエル、ちょっとここで待っていてください」

 そう言い、彼女が呆気にとられ何か返事をする前に私はその場を後にしていた。


 しばらくして、私が広場に戻ってくる姿を認めたリエルは、腰を下ろしていたベンチから立ち上がり、やや不満そうな面持ちでこちらに駆け寄ってきた。

「いきなりどこへ行っていたんだ。それに、遅かったから一人置いていかれたんじゃないかと考えたりしたんだぞ……」

 心底不安そうな表情に変わったのを見て、唐突にリエルを一人にした事を悔やんだ。しかし、居ても立っても居られなかったことなので、どうか許して欲しいと思いながら、私は手にした小さな包みを、彼女に渡した。

「本当にすみません。女性を一人にしてしまうなんて、礼儀がなっていませんでした。……これを買いに行っていたんです。予想以上に人が混んでいて、遅くなってしまったのは不本意でしたが……」

 手渡した包みを手に取り、不満を飲み込
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