剣と竜と教団と 中

「……また来たのか」

 落ち着き払った声が、謁見の間に響き渡る。かつての王が座っていた、玉座に気だるそうに腰をかけ、頬杖をつく為、怠惰に体を傾けている魔物……人間の姿をした、ドラゴンが。



「気配が少ないと思ったら、一人だったとは。まさか本当に一人で来たんじゃないだろうな? 前のように背後から奇襲でもさせるのか? それとも今度は後がなく、討伐を失敗出来ないので、軍勢を引き連れて待機させてあるのか?」

容赦のない口調。その言葉からは静かな怒りと同時に、どこか悲しげな諦めにも似た感情が伝わる。

「いや、今回は一人で来ました」

私が単刀直入に答える。その答えは流石に予想外だったのか、少しばかり目を見開かせるドラゴン。

「ほう……前回の戦いぶりから相当やり手な男だと思っていたが……これも罠なのか、それとも本当に愚か者なのか……」


 言葉とは裏腹に、ドラゴンの声音からはとても安らぎ、ともすれば嬉しそうな気持ちが伺えた。……疑問を解決する為にわざわざここへ赴いたと言うのに、逆にもっと疑問は膨らんでしまいそうである。


「それで、一体なぜ一人で来た? 散歩の途中にここへ顔を出したワケでもないのだろう?」

 嬉しそうな感情を声音に表していたのも束の間、すぐに元の不機嫌そうな、気だるい口調で辛辣な皮肉を込めてくるドラゴン。その表情を見ても、あまり愉快そうではない事が見て取れる。

「そうですね。疑問を解決しに……貴女へ、会いに来ました」

 そう、私が言った時、無意識かそうでないかは分からないが、ドラゴンは居住まいを正してこちらを見やった。先程まで気だるそうに頬杖をついていたのに、あまりにも突然居住まいを正した為に、その動作は少し滑稽にも見えた。

「な、何? 私に会いに来た、だと?」

「そうですね。そう、なります」

 ドラゴンはなぜか頬を若干紅く染め、そわそわとし始めている。まさかとは思うが、私が彼女に会いに来たという事実に嬉しがっている、と思えるようなその様子が、更に私を悩ませ、苦しませる。魔物、ドラゴンであるはずの彼女が、なぜ?

「ふん……私を騙す嘘ならば、これほどまでに稚拙な嘘は愚か者でも思いつかないぞ。さすが人間、滑稽だな」

 そう言ってそっぽを向くドラゴン。

「貴女は前回、精鋭の仲間達を連れてやって来た私達と戦いました。……しかし最後、私達が撤退する際に、貴女ならいくらでも追撃が出来たはずなのに何もせずただ見ているだけだった。……それだけではなく、ともすれば、戦いをやめられる事に嬉しさを感じているかのような表情さえ浮かべていたのを覚えています」

 前回での出来事を思い浮かべながら話す。何度考えてみても、あのドラゴンの表情が見間違いだとは思えなかった。別の考えがあったのかは分からないが、もしかすると、彼女は本来人間との戦いを欲してはいないのではないか、という可能性が湧き起こってくるのだ。

「それに最初は伝承通りの姿だったものの、途中からは美しい女性の姿にもなりましたね。聞いた話によると、魔物はあの姿で男をたぶらかし、人間を餌食にするはずなのですが……」

 すると、ドラゴンはチラリとこちらを一瞥する。

「貴女は、ドラゴン。魔物だ」

 ドラゴンは、なぜか相変わらずそっぽを向いたままだが、少しだけこちらを見やりながら、耳を傾けている様子だった。
 私は胸中に渦巻くもやを吐き出すかの如く、思いを言葉へ変えていく。

「そう、魔物。人を襲い、食らう。しかしいつからか貴方の様に、人間の、それも美しい女性の姿をした魔物が溢れ返りました」

 そこまで言った所で、先程からドラゴンがゆらゆらと揺らしていた尻尾の動きが止まった。

「ですが、それでも奴らの獰猛さは衰える事なく、むしろ昔よりも積極的に人を襲い、さらって行きます。……はずなのです。ですが、私が見る限り貴女は……」

 その時、ドラゴンはそっぽを向く事をやめ、こちらに向き直った。その顔には静かな怒りの色が浮かんでいる。

「うるさい!」

 私の話は、ドラゴンの鋭い一声で終わりを迎える。その声で怯んだ私は、彼女の先程までから一転して、不満そうな、“聞き飽きた”とでも言いたげな表情を見て、どこか言葉に表せない気持ちを覚えた。


「……そう、私は魔物だ。獰猛な魔物」

一気に張り詰める空気。
誰がどう見ても、悲しそうな顔。人間の“それ”と変わらない仕草、表情は、私の疑問を際限なく膨らませるのに十分な力を持っている。そもそも、ここまで会話をし、意思疎通が出来る魔物など、私が聞いてきた“はず”の魔物にありえるのだろうか?


「……ですから、私は、貴方がそういう魔物には見えない、と言いたいのです」


 私は、尋ねたかった。なぜ人を襲い、食らうといわれている
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