―――昔には様々な装飾が施され、栄華を極めたのだろう広々とした部屋に広がるのは、今ではもう何年も手入れのされていない無機質な灰色をした石の床ばかり。
整然と並べられた石のタイルは寸分の狂いもなく等間隔に敷かれているものの、やはり手入れがされていなければ汚れていき、逆に石が持つ無骨さが露わになり余計みすぼらしく見える。
部屋の入り口から左右を挟むように奥へ立ち並んだ、王の前に姿を見せた人間を威圧する石の円柱も、いくつかは風化や経年劣化により自然と崩れ、辺りに瓦礫を散らすと同時に悲しくも半ばで折れていた。
だが、その内の大半は風化や経年劣化などではなく、つい先程、他人の手で直に破壊されたものだった。
悠久の時を経て栄光を失った寂しさを漂わせる古城の、かつての王が腰をおろしていた玉座の間には、多数の人間と、一匹の魔物が居た。
私と、その仲間に相対するのは他でもない、ドラゴンである。
緑色のとてつもなく強固な鱗に身を覆い、どんな名高い武器よりも鋭利な爪を持ち、巨躯を羽ばたかせるのにふさわしい翼を二対備え、鈍く光る牙を覗かせた口からは、呼吸をする度に灼熱の炎が漏れる。
……という姿の筈だが、今目の前に居るのはそんな姿からつい先程変貌を遂げた、若く美しい女性 ―ドラゴンの特徴をいくつか残しているものの― だった。
「そんな姿になるなんて……油断を誘うつもりですか?」
白を基調にした剣に施されている金の装飾が特徴的な、神の祝福を受けた一振りの剣を私は構えつつ、目の前のドラゴンに言葉を投げかける。一方のドラゴンは、先程までの巨大で荒々しい伝承通りの姿から、打って変わって華奢とさえ言える程スタイルの良い、人間であれば美人の部類に入る女性の姿で腰に手をあてつつにべもなく返事をした。
「思い上がるなよ人間、そんな姑息な手段を私が使うと思うとは愚かな。この姿でも貴様ら相手には十分だという事だ」
確かに、言葉通り本人は余裕綽々といった面持ちだ。……しかし注意深くドラゴンの様子を観察すると少なくとも呼吸はいくらか乱れており、巨大なドラゴンの姿で戦闘していた際にも確実な有効打は何回か与えている。決して、ドラゴンの言葉が自身のありのままの事実を語っている訳ではないと私は直感的に悟った。
そして後方に控えた仲間達 ―戦士、魔法使い、僧侶― にも目配せで注意を怠るなと伝え、緊張感を維持し続ける。
「あらかじめ断っておくが、こんな姿を私が望んで手に入れた等と思うなよ。魔王がサキュバスという淫乱な種族の者にとって代わられたので、その影響でこの様な貧弱な外見の姿になる事を強いられているだけなのだ……」
先端に輝く爪が配された、緑色の甲殻に覆われている右手を使い、美しい紫色をした長髪を軽やかに、そして優美な所作で後方に払った。やや不愉快そうに目をつむりながら行った彼女のその一連の行為に、私は思わず見とれてしまっていた事を認めなければならない。
……今の姿の彼女から、私達人間との間に全く差異を見出す事が出来なかったからだ。
そうやって何も言わずただ眺め呆けていた私に対し、続けてドラゴンは口を開く。
「……それより、魔物である私ならまだしも、ただの人間が私と戦ってまだそれだけの体力を保っている事の方が驚きではないのか?」
ドラゴンは目を細め、訝しげな表情を浮かべているものの、どこかその声音からは意外にも称賛の色が伺い取れた。
「様々な伝説に名を連ねるドラゴンから褒められるなんて、私も成長したという事でしょうか」
依然として剣を構え、ドラゴンから視線を一瞬たりとも離さず喋る。そして、私の言葉を受けたドラゴンはほんの少しだけ口端を歪め、“人間でいうところの”笑みらしきものを浮かべた。
「そういう減らず口を叩けるという事は、やはり体力が有り余っているようだ、なッ!!」
言葉を言い終えると同時だった。一瞬姿が消えたのかと錯覚する程の速さで奴はその脚で床を蹴り上げ、こちらへ跳びかかってきた。石の床の蹴られた箇所は無残に抉れ、破片が後方へ飛び散っていた。
少しでも気を散らしていたり、油断していれば命はなかったのかもしれない。跳びかかってくるのを確認した後、次いで襲ってきたのは手元の鈍い衝撃だった。
ガリッ、という金属質の物体同士がぶつかったような音も耳に届くと、ドラゴンの爪が構えた剣とかち合い、剣が私をドラゴンから守っているという事実が冷静に理解出来る様になる。
「クッ……」
思わず口から零れた情けない声は、至近距離に詰めた奴の耳にも恐らく届いただろう。私は名誉挽回する為に、胸元にまで押し込まれた剣を掴む両手に渾身の力を込めた。
すると、剣は繊細な力の均衡によってガチガチと震えながらも前進を開始した。
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録