―――俺の名前はバルト。これといって特徴もない……強いて言えば、人の手が加わっていない美しい自然が残った土地にある、畑を代々耕している家系の長男として生を受けた。
森、河川、山岳に平原……近隣に建つ王国や資源豊かな土地と比べるとまさに自然しか誇る事の出来ない、いわゆる田舎に点在している農村の一つ、そこで野菜等を栽培している俺の家族は、典型的で殊勝な農民だ。
正直に言えば、俺はもっと大きな仕事がしたかった。
毎日野菜を耕し、収穫し、売る。そんな毎日を過ごしているなかで村に訪れた名も知らない、眼鏡が特徴的なあちこちを放浪しているという生物学者の男から聞いた話……大きな街で見た様々な仕事に就いている人々という話がとても魅力的だったからだ。
だから俺は街に出て、鍛冶屋、芸術家、政治家、そういった仕事に就き、精を出したかったのだ。
しかし、問題はそういった街が近くにないという事である。
それがネックとなり、甘んじて家の仕事を手伝う日々が続いた。
だが、そんな問題はつい最近になって解決される。
すぐ近くにある村が、とある富豪に目をつけられ大きく様変わりした末に、今では立派な商業都市へと成長したのだ。
これが俺にとって僥倖であるのは言うまでもない。いずれ俺はその都市へ赴き、自分に合った職を探そうと考えているのだ。
その時が来るまで、俺はこの村で資金を貯めなければいけない。今日もいつもと変わらぬ日々がやってきた。
……人肌にちょうどよい暖かさをもった朝陽が、俺の頬を照らす。その温度と光は、俺を深い眠りから引き起こしてくれるのに一役買ってくれた。
「んん……朝か」
固くもなくやわらかくもない簡素なベッドの上で半身を起こした俺は、すぐ横の窓から広がる村の光景を一瞥する。眼下には我が家を囲う木製の柵が見え、不規則な間隔で並ぶいくつもの民家があり、どの家の煤けた煙突からも煙が立ち込め、村人は皆朝の支度をしていると主張していた。そして村の中央には大きな羽根車を回している威風堂々とした佇まいの風車が存在しており、その風から変換した力で製粉や灌漑など村の農業に大きく貢献している。この風車が、唯一俺がこの村で気に入っている場所でもあった。
なぜ気に入っているか……。それは、自分が幼い頃に ―今もまだ未熟な若造だが― 一目で由緒正しい家柄が伺える高価な馬車に乗った貴族が、村を偶然訪れた。その馬車には自分と同い年ぐらいの女の子も乗っていて、馬を休ませている間暇を持て余すように辺りをうろうろしている。
こんな何もない村だし当然だろうと見かねた自分は、その女の子を楽しませてあげられそうな景色を唯一見せられる、大きな風車に連れて行ってあげ、てっぺんからの風景を見させてあげた。その彼女の喜んでくれた笑顔が、自分にとっても嬉しかったからだ。
そんな色あせた思い出をやんわりと思い出しつつ、とにかくベッドから出る。次いで、殊勝な農民らしく朝早くから畑仕事に精を出す為の準備を進める。
服を着替え、顔を洗ったりなどしていると早くも2階にある俺の部屋、その階下から父親の声が階段を通って響き渡って来た。
「おいバルト、起きているのか?」
「父さん起きてるよ」
俺は暖かい布の上着を今しがた着終わったところで抑揚のない返事をする。
近隣に建つ誰もが知る王国に住む名士の家が、どうも俺の村の野菜に目をつけたらしく、明日野菜を運ぶ為に使いの者をよこすとの話があった。もしこれで気に入られれば村としても安泰である事は確かな大きな取引。故に親も気合いが入っているのだろう。
いつも通りの朝を無事迎えた俺は階下に降り、朝食を済ませた。
そしてそのまま他の村人と同じ様に畑へ赴き畑を耕したり、明日王国へ出荷する野菜の収穫など様々な仕事をこなす。太陽の光は暖かいとは言ったが気温は中々の低さであり、一度雲などに太陽が隠れて風が吹こうものなら、途端に寒さが身を襲い指先などはすぐにかじかんでしまう。
そんな辛い畑仕事を今日も終え、家に戻り暖かい夕飯を食べ、眠りについたといういつもと変わらない日を過ごした。……だが神は無慈悲にも、なんの予告や前兆もなく突然俺に試練を与えたのである。
次の日、目が覚める。
まず最初の違和感は、ふかふかで暖かい寝床だ。
眠りから覚めた俺の前には、清潔感漂う白色でしっかりとした毛布がきちんとかけられている。後頭部を支えるのは、確認してはいないが恐らく羊毛なんかが詰められた上等な枕だ。そして今自分が横たわっているベッドを、半身を起こして見る。
見た事のない綺麗な材木で作られた脚、美しい細工の施された本体……一目で容易く購入出来る代物ではない事がわかった。
それだけではない。ベッドから身を起こし自分が居る部屋を見ると、毛足がやわらかい絨毯、壁に掛けられ
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6..
14]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想