3.魔剣士に魅入られた餓狼

「アハハハッ! ただこの剣で人を斬りたいだけぇ――」

 女剣士は言った。

「――だったんだけど、それは本当の目的じゃない。私の目的は、貴方……そう、貴方。……フェルテン、たった一人なの……
#9829;」

 さしものフェルテンもこの言葉には動揺した。自身には、この女剣士に見覚えはなかった……少なくとも、こんな笑みを浮かべる、手練の"魔剣士"には。
 ここを襲撃したのは十中八九、彼女の仕業なのだろう。名前を知っているという事は、事前に調べられてターゲットにされている? これは自身を誘き出す為の罠? 様々な考えが、数瞬の間にフェルテンの頭を駆け巡る。

「俺が目当て?」

 フェルテンは鼻を鳴らした。

「何モンだ。誰かが俺への復讐の為に雇った用心棒かなんかか?」

 魔剣士は意外にも、先程から常に浮かべていた、恍惚とした笑みを潜めさせた。

「そんなぁ……私の事を覚えてないの? ちょっとでも私の事、覚えていてくれたらって……期待していたのに」

 魔剣士の瞳が潤み、声が上擦っている。まるで酷い事を言われ、傷心した乙女のようですらあった。

「ハッ てめぇみてぇな魔剣握った手練のアマ、知り合いには居ねぇよ」

「……手練? フフ、ウフフフ……
#9829;」

 魔剣士の情緒は不安定のように思えた。また一転し、何やら嬉しそうに笑い始める。

「私、強くなれたんだね
#9829; 貴方に"認められた"って事かな。そうであるなら、それってとても……最高だわ
#9829;」

「さっきから話が見えねぇぞ! 俺の仲間を襲っておいて、自分の世界にばかり浸ってんじゃねぇ」

「ごめんなさい、フェルテン。貴方の言っている事はごもっともだわ。でも、私を放っておいた貴方にも責任があるんだから……
#9829;」

 魔剣士は鎧から露出している自身の肌へ、自分の手を艶かしく這わせる。手が肌をなぞる度、それだけで快楽を感じているかのように二、三度びくりと身体を震わせた。熱を帯びた吐息を吐き出し、情欲のこもった視線をフェルテンへ注ぐ。

「イカれてんのか……? まぁ、恨まれる理由には事欠かないがな」

 フェルテンは呆れたようにかぶりを振った。

「いくら肉体は傷つけられていなくとも、仲間を襲った代償はきっちり支払わせてやる。名前だけでも教えてくれ、てめぇの墓石に刻んでやるからよ」

「ユリアよ」

 ユリアと名乗った魔剣士の言葉に、フェルテンはかすかに思い当たる節があった。過去という砂に埋れてしまった記憶を掘り出すように、集中する。名前をもとに手繰り寄せたそれは……数年前のとある出来事だった。

「お前……いつぞやの奴隷商に捕まっていた女剣士か?」

 フェルテンはピンときた記憶を思い出し、吠えるように言った。

「まだヘルメスが反魔物領だったぐらいの頃……仲間にしてくれと頼んできた女」

 ――3、4年前程の事であった。『餓狼』達がまだ今よりも更に盗賊らしい振る舞いをしていた時の事である。今日の商人のように、とある馬車が旧街道や林道を抜けて、『餓狼』の徴収を免れようとした事があった。馬車は『餓狼』の監視の目を免れる事は出来ず、当然略奪にかかった『餓狼』達。
 しかしその馬車は、いわゆる"堅気"の持ち主の馬車ではなかった。取り巻きは全員、『餓狼』の同業者で、数も尋常ではない。だからといって、面子にかけてタダで見逃す訳にはいかなかった。大変苦戦しながらも、略奪に成功した所……馬車はとある奴隷商の持ち物である事が判明した。

 というのも、馬車の中には奴隷として売られる予定の、何人もの人間達が居たからだ。どうやって捕まったかの経緯、理由などは知らない。人さらいにあったのか、自ら身を売るしかなかったか……いずれにせよ、この地域では奴隷制は基本、禁止されている。売る為に買い手を見つけるにしても、それなりの人脈が必要で、手間がかかる。金には出来そうもない上……フェルテンはこのような類の人間を金にしたくはなかった。

 結局、拘束された人々を解放する事にした所、捕まっていた内の一人の女剣士が、フェルテンにとある願いを申し出た。

 自分を盗賊の仲間にして欲しい、と。その女剣士が『ユリア』と名乗ったはずだった。

 フェルテンは様々な理由から、それを拒否した。相手も、様々な理由を並べ立て、自分の想いを語り、食い下がったが、フェルテンが折れる事はなかった。何を相手が主張していたか、もはや覚えてすらいない。そのまま撤収し、ユリアがその後どうなったか、知る由はなかった。

「思い出してくれて、ありがとう。あの時と比べて"ちょっとだけ"雰囲気が変わっちゃったから、分からないのも無理なかったかも、ね……
#9829;」

 ユリアは、「その通り」と言いたげに微笑んだ。

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