とある町の商店街の片隅に
『狸屋』と達筆で書かれた看板を掲げる、古めかしい木造の建物
そこには、いつも子供達の人だかりができていた
「ねーちゃん!ガム3つ!」
「わたしはアメ!コーラのやつ!」
「ぼ…ぼくもアメください!」
ここは駄菓子屋『狸屋』
小学生達のの憩いの場
「おう待て待て、順番じゃ順番。ほれ、並べ並べ〜」
それを手を叩いて制するはこの店の店主
茶髪を肩で切り揃え、緑の甚平を着こなす、メガネを掛けた美しい女性
子供達は、彼女の言葉に従い綺麗に並ぶ
「よぅし良い子じゃ……お主はガムじゃな。お主達は2人ともコーラかの?」
店主はテキパキとお金を受け取り、釣り銭を渡し、子供達は思い思いの菓子を手に取っていく
「ねーちゃん、メンコ使うね!」
「おう、好きなの持ってきなー」
「ベーゴマ貸して!」
「おう、後ろの棚の緑の箱じゃ。なくすなよー」
「紙芝居読んでよー」
「菓子がみんなに渡ったらじゃ。良い子で待ってな」
オモチャを出してきて遊ぶ子供
お菓子を食べながら友達と喋る子供
買ったお菓子を手に家に帰る子供
皆が各々自由に過ごす
店主は、子供を全員捌くと
「紙芝居読むぞー。観る子は並べー」
と声を上げて、紙芝居を取り出す
こうして、小学生達の放課後は、楽しげに過ぎていく
……………………………………………………
「おうお主ら、そろそろ帰りな。カラスが鳴いとるよー」
空は茜色に染まり、雲も無いため夕日が赤く輝く
「じゃーなー、ねーちゃん」
「またねー!」
「おう、また来いよー」
皆を見送った後
(さて、んじゃ夜の準備もすっかね……ん?)
紙芝居やベーゴマ等の片付けをしていると、1人、自転車の前で泣いている少年が目に入る。たしか、音無(おとなし)という姓の少年だ
「おーおーどうした音無の坊主。なに泣いとんじゃ」
「ひぐっ…僕の自転車……パンクしちゃった……グスッ」
見ると、少年の物と思われる自転車の前輪のタイヤが見事に凹んでいる
「なんじゃ、そんなことか……よし、儂に任しとけ」
「直るの
#8265;」
「ああ、じゃから泣くな。折角の二枚目顔が台無しじゃ」
「に、にまいめ?」
「くくっ、今時の子は知らんか。まぁええ、目ぇ瞑っとれ」
少年は目を瞑る。
暫くして、「もうええよ」と声をかけられて目を開けると
「わぁ……直ってる!」
パンクしていたタイヤが治っている
さらに、ボディに付いていた小さなキズや汚れたペダルも、新品同様に綺麗になっている
「ねぇ!どうやったの?」
「くくくっ、儂は魔法が使えるんじゃ….おっと、これは儂とお主の秘密じゃよ」
店主は、イタズラっぽく笑うと、指を少年の唇にそっと当てる
少年も、目を輝かせながら頷く
「じゃ、もう遅いし気ぃ付けて帰れよー」
「うん!じゃーね!」
少年はすっかり元気になり、手を振りながら帰っていく
その後ろ姿を見送った後、店主は1人、ニヤリと笑って少年の唇に当てた指を咥え、味わう
誰が見ていたわけでも無いが、その時の店主には、狸の耳と尻尾が生えていたそうな
……………………………………………………
中学生になると、彼らの遊びの中心はゲーム等に変わっていき、部活も勉強も忙しくなり、放課後に狸屋でたむろする時間はだんだん減っていった
高校になると、忙しさは更に増す。さらに、市外、県外の高校にいく奴も出てきて、やがて、狸屋の事を覚えている人は殆どいなくなった。
……………………………………………………
俺、音無 智秋(おとなし ともあき)は買い物の帰り、商店街の入り口でふと自転車を止める。
(……狸屋、まだやってるのかな)
昔、通っていた駄菓子屋。綺麗なお姉さんが店主をしている、みんなの憩いの場。
中学、高校と忙しかったし、すっかり行かなくなってしまっていた。
(…まぁ、行ってもどうせ俺のことなんて覚えてないだろうな)
そう思いながらも、一応自転車を進める。
そこには、古めかしい木造の建物が
掲げる看板には、達筆で『狸屋』
そこには小学生の人だかり
その中心には
「そこで、鬼の頭領は『まいった!降参だ!』と遂に負けを認めました…」
昔と、全く変わらない姿の店主が
(お、まだやってた…てか、全然変わってねーな狸のねーちゃん)
「こうして、村には平和が戻りましたとさ。めでたしめでたし………ん?おぉ!音無の坊主か
#8265;久し振りじゃのう!」
自転車を停める音に気が付いたのか、店主がこちらに笑顔で手を振っている
驚いた事に、俺の事も覚えているようだ
「ねーちゃん、あれ誰?」
「かれしー?」
「彼氏か…くくくっ、違うな。あいつは古ーいお得意さんじゃ」
子供達も、それにつられて俺に注目するので少し恥ずかしい
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