親魔物領の大きな港町、の郊外にある海岸
そのさらに端っこに、殆ど人の寄り付かないような小さな入江がある
そこに1人の少年がやって来た。なんの変哲も無いただの少年だ
少年は周りに誰もいない事を確認すると、大きく息を吸い込んで
「あーそーぼ!」
と叫ぶ
少し待つと、その声に反応するように海面がボコボコと泡立ち
「はーい!」
小さな人魚が現れた
「ジル!今日も来てくれて嬉しい!」
「うん!だってマリーと遊ぶの楽しいもん!」
ジル、と呼ばれた少年は近くの港町に暮らす10歳の男の子
マリーはジルより一歳年上のマーメイド、の中でもシー・ビショップという種族。更にその中でも1つの街の近くに常駐している珍しい部類だ。なのだがまぁ、子供にとってそんなことは気にする必要もない、些細なことだ
ジルは親が忙しいから何かと1人になることが多く、暇を持て余して海辺を散歩していたら、ある日同じく散歩をしていたマリーと出会った
その日からジルは、暇を見つけてはマリーに会いに来るようになり、マリーもジルと遊ぶために今の住処にほど近いこの入江を教えて今に至る
「ね、ね、今日は何して遊ぶの?」
「えへへ…今日はね……じゃーん!」
マリーは懐から、文字の刻まれた一枚の石板を取り出す
「……?なにそれ」
「ママのお仕事道具!こっそり持って来たの」
いたずらっぽい笑みを浮かべるマリー
「え…だ、だめだよ…ちゃんと言わなきゃ」
「いいのー。言ったら貸してくれないかもだし。ちゃんと返すからだいしょーぶ!。今日はこれを使って遊ぼ!」
「…でも、それ何に使うの?」
心配するジルを押し切って遊ぶ準備を始めるマリー
「えっとね…確か……ママは結婚式の時に使うんだって言ってた」
「結婚?」
「うん、私たちシービショップはね、人間と海の魔物の結婚式を挙げてあげるのがお仕事なんだって」
「へ?」
「だから、今日やるのは結婚式ごっこ!私がお嫁さんでジルはお婿さん!」
「面白そう!やるー!」
さっきまで、石版の事を心配していたジルも、面白さと好奇心が勝ってすっかり乗り気だ
「まず……ジル、海に入って」
「うん」
言われた通りジルは海に入る。とはいえマリーもまだ子供、今の技量ではもしもの時にジルを助けることができない。なので完全に海には入らず、足のつく浅瀬に腰のあたりまで浸かった
「それで…お嫁さんとお婿さんが向かい合って愛をちかうの!」
「あ、愛…」
愛を誓う、ジルはその意味を親から聞いたことがある。それ故に、少し顔を赤らめてしまう
だがマリーは全く構う様子はない
…と、ここでジルは素朴な疑問を口にする
「…あれ?結婚式って、神父さんがいないとだめなんじゃないの?」
「ん?だいじょーぶ!それは私たちシー・ビショップのお仕事なんだってさ。だから私がやる!」
「…じゃあお嫁さんは?」
「それは私…あれ?」
「あれ?」
……………………………………………
結局マリーは1人で二役をする事に決めたようだった
「コホン。えーと…新郎 ジル、あなたは
新婦 マリーが病めるときも、けん…あっ、すこやかなるときも、愛をもって…えーと…し、しょうがい?支えあう事をちかいますか?」
マリーは読めない漢字に苦戦しつつも石版と一緒にメモして持って来たカンペを読み上げる
「は、はい!ちかいます!」
ジルがそれに答えるとマリーは無言で頷き
「新婦 マリー、あなたは新郎 ジルが
病めるときも、すこやかなるときも、愛をもって、しょうがい支えあう事をちかいますか?」
と再びカンペを読み上げる
そして一呼吸おいて、ススッとジルの前に移動して
「はい、ちかいます!」
と元気に宣言する
そして再び元の位置に戻って
「よろしい」
と頷き
「では、ちかいのキスを…」
そこで再び新婦の位置に移動して
「…まっ、待ってマリー!」
「ふぇっ??」
そこでジルからストップがかかる
「…もー、どうしたのジル?びっくりしちゃったじゃん」
「えっと……その…ま、マリーは…いいの?」
「なにが?」
「初めてのキスは本当に好きな人にとっておけって…」
モジモジとジルは言うが
「だいじょーぶ!私、ジルのことだーいすき!」
マリーは臆面もなく言ってのける
「それとも…ジルは私のこと…嫌い?」
「そ、そんなことないよ!僕もマリーが好き!………ぁ」
急にしおらしくなるマリーに焦ったジルはすぐに反論する。だが、勢いに任せて告白した内容を反芻し、顔を真っ赤にして俯いてしまう
「……えへへ、面と向かって言われると照れちゃうね」
「…うん」
さっきまで元気な笑顔だったマリーの顔は、嬉し恥ずかしといった顔に変わっている
そして、しばしの沈黙の後
「コホン…で、では、ちかいのキスを…」
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