大学の帰り。
講義で使う羊皮紙が残り少ないことに気づいた僕は、例のお店で買い足しておこうと考えた。
そのお店は形部狸、イチカと名乗る少女が店長を務めている雑貨店だ。
確認はしていないけど、きっと文具の類も置いてあるはず。
というか置いてない物の方が少ない……そんなイメージがある。
チリンチリン♪
そして、僕は今日も足を踏み入れる。
『狸印の雑貨店』に。
またおかしな妖術が展開されていないだろうかと心配していたが、どうやら考え過ぎのようで。
店内は以前と異なり喧噪とした賑わいを見せていた。
「………」
その客の多さたるや、思わずたじろいでしまった。
客層は実に様々で、僕と同じ学生もいれば初等科の幼い子供、ご老人から貴族のお偉方など多岐にわたる。
男女比もまばらで、客を選ばない店長の方針が見て窺える。
は〜……ほんと人気があるんだなぁ。
「あ、そうだ。店長に羊皮紙のこと聞―――」
「く必要はないっすよー」
「うおおおい!?」
いきなり耳元で囁かれた。
「て、店長! 驚かさないでください!」
「ははー、イタズラのし甲斐があるっすー」
まったく、どうしてこの人はいつも僕の背後をとってくるんだろうか……。
それもコメントを繋げてくる妙なオプション付きで。
「羊皮紙っすねー? それなら2階にあるっすよー」
「あれ? 2階なんてありましたっけ?」
「あったっすよー。解禁したのは昨晩っすけどー」
「いつの間に……」
「商品の種類をだいぶ増やしたっすからねー。1階だけだとパンクするっすよー」
「雑貨店も大変なんですね」
「っすー」
とか言いつつも、たった1人で店を切り盛りするあたりは、さすがと言わざるを得ない。
「あー、羊皮紙はどうするっすかー?」
「あぁ、はい。できれば束になっているものを」
「案内するっすよー」
店長の小さな背中に導かれ、僕達は雑貨店2階へと足を運ぶのでした。
「これっすねー。代金は定価の2割引でいいっすよー」
「え、どうしてですか?」
「学割っすー」
「が、がくわり……?」
出た、謎の単語『学割』。
恐らくは、ある一定の年齢・職業などの条件を満たした客が得られる恩恵なのだろう。
せっかく安くしてもらっているのに深く追求するのも野暮ったい。
なので『学割』については、あえて聞かないことにした。
「えっと……うん、これでちょうどですね」
「確かにー。お買い上げありがとっすー」
「いえ、こちらこそ助かりました。ありがとうございます」
僕は店長にペコリと頭を下げる。
そして顔を上げると、
「………」
なにやら不思議そうな表情を浮かべる店長。
「あの、どうかしました?」
「シロさんは箱入り息子っすかー? 店員に頭を下げるお客さん初めて見たっすー」
「え? そう、ですか?」
「っすー。むしろ感謝するのはこっちっすよー。商品を買ってくれるのはお客なんすからー」
う〜ん、そうかなぁ?
僕は他所のお店でもわりと頭を下げる方なんだけど。
「お金さえ払えば欲しい物を譲ってくれるんです。僕は、その欲しい物を置いてくれているお店に感謝するべきだと思っています」
「………」
「あ、あれ? なにか変でしたか?」
「変っすー。超変っすー」
「超、変…ですか……」
あ〜、僕今まで超変なことしてきたんだ……。
超恥ずかしい!
「まー悪い気はしないっすー。これからもポンポンうちに感謝するっすよー」
「は、はぁ」
えっと、いつも通りでいいってことかな?
というか、ポンポンってなんだろうか?
あ、どんどんってことかな?
「………」
とかなんとか考えている僕を尻目に、店長は懐から取り出した手帳に何やら書き込み始めた。
「店長、何書いてるんですか?」
「何も書いてないっすー」
「いや、そこは否定しないでくださいよ」
「ウルトラシークレットっすー。知りたいならー毎日ここに通い詰めるっすー」
「う、う〜ん…簡単そうで難しい……」
「まー、気が向いたらー見せるかもしれないっすねー」
「随分と気まぐれなシークレットですね」
……期待しないで待っていよう。
〜店長のオススメ!〜
『片道ドア』
どこにでもいける不思議なドア。
急いでるときとか超便利。
滅多に行けない場所とか何でもアリ。
でも帰りは徒歩。
お1人様1点まで
価格→応相談
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