「へぇ、こういうのも置いてあるんだ」
僕は今、最近自宅の真横にオープンしたばかりの雑貨店にいる。
しばらく店の様子を見ていたのだが、客の入りと評判から察するに、それなりに良心的な雑貨店であることが判明した。
暇な休日を利用してゆっくりと品定めでも…といった次第であります。
「ん、甘い香り…香水? いやいや、ジャムかなにかかな?」
僕の好奇心を絶妙に刺激する謎めいた商品の数々。
どんな代物なのか聞いてみたいのだが、生憎と店員は不在のようだ。
というか、さっきからずっと待っている。
入店からかれこれ2時間は経過しているはずなんだけど……。
この町では窃盗とか盗難とか、そういった物騒な話はあまり聞かないけど……防犯的に大丈夫なんだろうか?
「栄養剤と、これは…さぷり? ん? さぷりって、どういう意味だろ?」
まぁでも、品定めするという本来の目的を考えれば、むしろ好都合なのかもしれない。
食い入るように商品を眺める怪しい客だなんて思われたら堪ったもんじゃないし。
「う〜ん…店員さん戻ってこないし、今日はそろそろ帰―――」
「っちゃうんすかー?」
「ひああああああ!?」
背後からの不意打ち。
突然指で背中のラインを上から下へツツ〜っとなぞられる。
女性のような悲鳴と共に、思わず体がビクンッと反り返ってしまった。
「ははー、なかなか可愛らしー反応っすねー」
「ちょ、ちょっと! いきなり何するんですか!?」
軽い痙攣のような状態から立ち直り、すぐに後ろを振り返る。
するとそこには……
「ずっと品物見てたっすねー。店長としてはー嬉しい限りっすー」
「え…て、店長?」
の〜んびりと間延びした、平淡で癖のある終始低音な口調。
先程目を覚ましたかのような寝起き面をしているが、ギラリと鋭い眼光。
丸みのある獣耳と、頭に大きめの葉っぱを乗せた、やや小柄な少女がそこにはいた。
「うちはー『形部狸』の『イチカ』という者っすー。ここの店長やってるっすー」
「……ど、どうも」
見たことのない服装から察するに、きっと東方出身なのだろうと思った。
「……クンクン」
「え? あの、ちょっと?」
するとイチカと名乗る狸娘は、じっくりネットリ、まるで品定めでもするかのように僕を見回す。
同時に体中のにおいをクンクンと嗅いでくる。
「お客さんのことはー覚えたっす。もう一生忘れないっすー」
「は、はぁ」
「あとはー……」
「あとはーって…ぇえ!?」
今度は僕に、自身の体をスリスリと擦り付けてきた。
「ん、んっ…よい、せっとー」
「ちょ、ちょ、ちょ!?」
「……ペロペロ」
「ひあ!?」
いきなり頬を舐められまた女みたいな声を上げてしまった。
「ふー。これでーマーキング完了っすー」
「……マ、マーキング?」
「他の商人にーお客さん取られるわけにはーいかないっすからー」
「犬ですか、あなたは……」
「うちは狸っすー」
「知ってます! 例えただけです!」
「っすー」
は、初対面とは思えない言動だ。
形部狸のスキンシップ…侮り難し!
「あー、妖術解くの忘れてたっすー……ほい」
「よ、ようじゅつ?」
「そっす。お客さん観察するためにー人払いの術を施していたっすー」
「観察……」
評判の良いこの店にお客が入店してこなかったのはそのせいだったのか。
というか見られてたんだ…2時間も。
「あの、イチカさん?」
「んー、さん付けはーなんだかむず痒いっすー」
「え? じゃ、じゃぁ…店長?」
「………」
元からジト目の店長が、さらにレベルアップしたジト目になった。
「お客さんにはー、うちを呼び捨てにするってー選択肢はないんすかー?」
「いやぁ、さすがに慣れ慣れしいかと思って……」
「はー、まーそれでいいっす」
店長はやれやれといった様子で小さく首を振った。
「あっと、そうだ。それで店長、どうして僕なんかを観察していたんですか? もしかして、他の お客にも同じことしてるんじゃ……」
「うちは忙しいっす。そんなこと毎回してる暇はないっすー」
「それじゃぁ、どうして?」
「………」
店長はプイっと顔を逸らす。
そして考えを巡らせるかのように、顎に手をあてること数秒。
「お客さんはー、入店500人目の栄誉あるお客っすー」
「微妙に半端な数字ですね」
普通1000とか777あたりがベタだと思う。
「正確にはー436人目のお客っすー」
「さらに半端になりましたね」
「お客さんを500人目に仕立て上げるっすー。うちはこう見えてーけっこうドジっ娘っすからー、きっと500人目のお客を見逃してしまうっすー」
「いや、律儀に来客数カウントしてる店長がそんなイージーミスするはずが……」
「ドジっ娘っすー」
「いやだから……」
「ドジっ娘っすー」
「あの……」
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