「お兄さんお兄さん! 好きな娘にこのアクセサリーなんてどう? 安くしちゃうよ!」
「鉤爪装備はいらんかねー!? 格闘家さんには必須のアイテムだよー!」
「新商品『エクスローション』お買い得セール! この機会に是非ご利用くださ〜い!」
人間界、大都市クーゼンベルク東商業区にて。
朝起きるとベッドの横に、
『コヨミと出かけてくる お前は寮でのんびりしていろ byレイラ』
という置手紙があった。
まぁレイラの言うとおり、ゆっくり過ごして日頃の疲れを癒すのも悪くない。
悪くないんだけど……やっぱり落ち着かない。
なので、今日は俺1人で町の散策をしている。
「あの2人も、この町に来てるのかなぁ」
レイラではないが、この人間界でショッピングを楽しみたいのであれば、それはやはりこの大都市クーゼンベルクに勝るところはない。
あらゆる地方の特産から異国の珍品まで何でも揃っている、貿易の心臓部と言っても過言ではない。
ちなみに俺はこの町に程近い、小さな田舎町の出身だ。
なにか入用なら、この大都市を利用することも少なくなかった。
まぁ……拉致される前の話だけど。
「このままトンズラ……って、わけにもいかないよな〜」
今から故郷に帰れるのかと問われれば、答えはYES。
目と鼻の先にある町だ、そう時間はかからない。
が…別に誰が待っているわけでもなし。
薄情者と思うかもしれないけど、別段思い入れのある町でもない。
どの道、俺を連れ戻すためすぐにでも理事長が飛んできそうだ。
想像に難くない。
「……お? なんだアレ?」
ま、いっか。
今の生活が辛くて仕方無いってわけじゃないし。
俺の人生だ、楽しんだ者勝ち……だよな。
「あれ? こんな店あったかなぁ?」
特に予定もなく商業区をフラフラしていると、何やら怪しげな雰囲気を漂わせる店を発見した。
店内の様子を窺おうにも窓はなく、ただ看板に『薬・その他雑貨』と書かれているのみ。
こういった大きな町に良くある、胡散臭い店の定番だ。
「ん〜?」
しかし、胡散臭いわりにきちんと店を構えているため、それなりの儲けはあるのだと予測できる。
結果……
カランカランッ♪
興味本意で入店を決めてしまったのである。
「うお!? こ、この匂いは……」
店内は桃色の薄い靄がかかっており、濃密な甘ったるい匂いで充満していた。
棚には怪しげな薬瓶がズラリと並べられていて、思わず町の診療所を連想してしまう。
「薬の香りか何かかな? それにしては漏れ過ぎだろ」
外観からは想像も出来ないほど店内は広い。
これはもしや……魔力的な何かが作用してるのか?
いや、考えすぎかな?
「まいいか。えっと、店員さんは……」
「初めて見る顔っすねーお客さん」
「うお!?」
本日2度目の『うお』。
背後から腰をつつかれ、驚いて振り向く。
「人間のお客さんとはー珍しいっす。しかも男っすー」
「あ、あなたは?」
の〜んびりと間延びした、平淡で癖のある終始低音な口調。
先程目を覚ましたかのような寝起き面をしているが、目つきだけはやけに鋭い。
丸みのある獣耳と、頭に大きめの葉っぱを乗せた彼女の正体は、
「うちはー『形部狸』の『イチカ』とーいう者っす。ここのー店長やってるっすー」
「あ〜ど、どうも」
「……クンクン」
「え? あの、ちょっと?」
するとイチカと名乗る狸娘は、じっくりネットリ、まるで品定めでもするかのように俺を見回す。
同時に体中のにおいをクンクンと嗅いでくる。
「お客さんのことはー覚えたっす。もう一生忘れないっすー」
「は、はぁ」
「あとはー……」
「あとはーって…ぇえ!?」
今度は俺に、自身の体をスリスリと擦り付けてきた。
「ん、んっ…よい、せっとー」
「ちょ、ちょ、ちょ!?」
「……ペロペロ」
「ひあ!?」
いきなり頬を舐められ女みたいな声を上げてしまった。
「ふー。これでーマーキング完了っすー」
「……マ、マーキング?」
「他の商人にーお客さん取られるわけにはーいかないっすからー」
「あなたは犬ですか……」
初対面なのに何でも有りだなぁ……。
「あーうちがマーキングするのはー、気に入ったお客さんだけっすー」
「あ、そうなんですか? でも俺達、初対面ですよね?」
「訂正っす。お客さんはー、うちの婿候補っすー」
「婿!?」
「冗談っすよー……半分は」
「半分!?」
なんか、疲れてきた……。
「前置きがー長くなったっす。ようこそー『イチカ狸の媚薬店』へー」
「び、媚薬店……」
もしかしなくても、やっぱりそういった類の店だったか。
俺の危機感知能力もまだまだっす……。
ぉおっと、彼女の口癖がうつってしまった。
「それでー、本日はどういったご用
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