「は、離せーー!」
「ま、待ってよ〜! 少しは僕の話を聞いてくれても……」
急に話し掛けられたと思ったら、そいつは魔物だった。
「バルブだかアルプスだか知らないが、俺は『ショタ』と組む気なんて毛頭ない!」
「そんな事言わないで、ちょっとの間だけでいいから僕と組んでよ!」
「断る!!」
「そ、そんな〜」
こんな女っぽい男とコンビ組んだって面白くなるとは到底思えない。
いろいろ試してもいい時期ではあるけど、やっぱりショタはノンストライク。
というかさっきから断ってんのに、いかんせんしつこいなコイツ……。
「お、お願い! 1度でいいから僕と……!」
「………」
潤んだ瞳で俺を見てくる。
くっ…お、男のくせに可愛い顔しやがって!
「はぁ……お前の情熱は伝わった」
「ほ、ほんと!? じゃぁ……」
「だが! 俺はお前とは組めない」
「……どうして?」
泣きそうな表情でこちらを見つめる。
頼むから止めてほしい……。
「最近のお笑いは男同士が主流なんだ。ちょっと前までは男と女ってコンビもあったけど」
「え? 僕…男だよ?」
「問題はそこ!」
こいつ自分の容姿をちゃんと理解してるのか?
「お前自分じゃ男のつもりだろうけど、傍から見たら完全に女そのものだぞ?」
「う、嘘!?」
「嘘じゃない。俺だって男だと言われるまでは、てっきり女だとばかり思ってた」
「そ、そうなんだ……」
ションボリと肩を落とす女男。
こいつには悪いけど、俺なんかよりもっと相性の良い奴が他にいるはずだ。
「わかった…僕、諦めるよ」
「そうか、わかってくれたか」
どうやら穏便に済みそうだ。
良かった良かった。
「うん、仕方ないよね。君がそこまで嫌がるのなら……」
ふと顔を上げ、コイツは言った。
「僕、『ボケ』でも我慢するよ!」
「そんな話1度もしてねえ!」
全然良くなかった。
「俺がいつなんどきお前と『ボケ』と『ツッコミ』の配役でモメた!?」
「え、今までその話をしてたんじゃないの?」
「してねえよ!!」
どうやらコイツはマジでボケているらしい。
組むか組まないかの話をしてたよな?
「ご、ごめん…僕ったら勘違いしちゃって」
「随分と都合の良い勘違いだな、おい」
「話を戻さないとね。えっと確か…君に似合うメガネの話だったよね?」
「だからしてねえよそんな話!!」
やんわり微笑みながら淡々とボケを連発してくる。
「え、じゃぁ何の話をしてたんだっけ?」
「組むか組まないか!」
「……水を?」
「そっちの『汲む』じゃねえよ!」
「あ、そうだよね…ごめん。僕ったら、君の気持ちに気付いてやれなくて……」
「だからその『酌む』じゃねえ! 誰がお前に俺の気持ちを酌んでくれと頼んだ!?」
意表をついたボケに思わずツッコミを入れてしまう。
「もう…言いたい事があるならハッキリ言えばいいのに」
「いや逆ギレ!? お前がキレる要素が何1つ見つからないんだが!?」
「え? 逆ギレほにゃららツッコミ譲るよ? わ〜ありがと〜♪」
「言ってねえ! 心の底から言ってねえ!!」
「僕は執念深いんだよ♪」
「まだ諦めてなかった!? つーか最後の『♪』絶対いらねえ!」
着々とコイツのペースに流されていく。
「はぁ…これだから男は……」
「お前もだろ!?」
「しょうがないなぁ。譲るよ、ツッコミ」
「なぜ上から目線!?」
「べ、別に君のためにあげるんじゃないんだから!」
「ボケに無意味なツンデレ採用すんな!」
永遠と続く不毛なやりとり。
「はぁ…はぁ……」
「あの、大丈夫?」
「それ、お前が言うか?」
いや待てよ…これだけ間髪入れずにボケをかませるコイツは、もしかすると……。
「なぁ」
「な、なに?」
「……俺がツッコミ。お前がボケだ」
「え…え?」
「だーかーらー!」
察しろって、まったく。
「組んでやる」
「え……」
「組んでやるって言ってんだ。お前と」
「っ!!」
手で顔を覆いしゃがみ込むショタ。
泣いているのか、肩が小刻みに震えている。
相当嬉しかったようだ。
「なぁおい。顔上げろって」
「っ…っ……」
ま、俺もそう言ったからには本気で世間様を笑わさねえとな。
コイツと、2人で。
「……ねぇ」
「ん、なんだ?」
ゆっくりと立ち上がり、コイツはこう言い放った。
「……ぷぷっ! 君そんなに僕と一緒に水を汲みたいの?」
「喧嘩売ってんのかてめえ!?」
コンビを組んで数年後。
一身上の都合によりお笑い界を引退。
理由 『相方に子供ができたから』
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