3件目 『どういった、ご関係ですか?』

「た、狸の…穴?」
「ベルさん卑猥っすー。うちまだ処女っすよー?」
「ち、違う違う! トウカの作ってる看板にそう書いてあったから……!」

大きめの筆に黒いペンキ(墨汁)をつけながら道端で看板製作に勤しむトウカ。
そんなトウカの様子を、何か手伝えることはないかと見にきた俺。

「ほむー、ベルさんもお年頃っすねー。そんなにうちの『穴』が見たいんすかー?」
「だから違うって!」

トウカは看板製作を進めながらも、俺の苦手とする下ネタ話をフルスロットルで徹底的にイジってくる。
しかも俺の方をまったく見ずに、しかしテキトーにあしらっているわけでもなく、看板作りを着々と進めていく……実に器用だ。
出会って数日と短い付き合いではあるが、たぶん彼女に口と手先で勝つことはできないだろう。

「まー冗談はさて置きー、どうっすかー? 風流な感じが出せてーなかなかの出来だと思うんすけどー」
「え、もうできたん?」
「これくらいなら朝飯前っすよー」

細かい作業が得意と言っていたが、これは得意なんてレベルじゃない。
探偵じゃなく、物を作って商売にした方が良いのではないかと思ってしまった。

「凄いなぁ…風流な感じっていうのは正直良くわからないけど、コレと似たようなものを骨董屋で見たことある。そっち方面は考えないの?」
「うちと骨董屋さんを比べたらー、それは相手さんに失礼っすよー。どんなに上手く作れてもー所詮うちのはパチモンっすー。道を究めた職人さんにはー到底及ばないっすよー」
「ふーん? そんなもんか」

意外も意外。
大した腕を持っているのに限りなく謙虚。
さらには職人に対する尊敬の念すらも感じる。
う〜ん…話をする程にわからなくなるなぁ、トウカは。
数日で彼女を理解したつもりだったけど、これは考えを改めなくちゃいけないな。

「それはそうとー、他に感想あるっすかー?」
「え? あーんーそうだなぁ…やっぱり、その店名は止めた方が良いと思う」
「ほむー、そこは譲れないっすねー」
「えー……」

トウカは、本当に良くわからない。












『頼りたいのは山々っすけどー、さすがにこれ以上ご迷惑はかけられないっすーノ』ということで、大人しく帰宅することに。
とはいっても自宅は『狸の穴(仮)』のすぐ隣。ものの数秒で到着した。

「ふぅ…ただいぼふ!?」
「ご主人! 腹減った! ごはん! そしたらオレと遊ぶ!」
「あれ? さっき食べたばかりじゃなかった?」
「食った! でも遊んでたら腹減った!」
「じゃぁダメ。昼まで我慢な」
「クゥ〜ン……」

俺は愛犬に規則正しい食事をするようきちんと躾をしているだけ。
それなのに、

「クゥ〜ン」
「っ……」

コロが愛玩動物から魔物ヘクラスチェンジして以来、躾に対して物凄く罪悪感を抱くようになった。
こう、なんと言うか…犬の頃よりも表情やしぐさがダイレクトに伝わってくるため、主人としての厳格な態度というものがとりづらくなってしまったのだ。

「クゥ〜ン」
「……はぁ。ちょっとだけだぞ?」
「わふん
#9825;」

あーまたやってしまった……orz
このままだとコロが味を占めて妙な知恵をつけてしまうかもしれない。
ダメだ…それだけは何としても阻止しないと!

「ご主人、難儀な性格してるよね」
「オレご主人大好き! タマはご主人嫌いなのか?」
「……別に、嫌いとは言ってないし」
「大好きなんだな!?」
「……コロうるさい」
「わふ!」

……午前があっという間に過ぎていく。












正午過ぎ。

「ふぃ〜食った食った〜。コロ、タマ、お腹いっぱい?」
「いっぱい! うまかった!」
「ボクもいっぱい。残ったのは後で食べる」
「はいよ。お粗末さまでした」

先日のドンチャン騒ぎのおかげで食材はかなり心許なかったが、工夫を凝らしなんとか乗り切ることができた。
俺はともかく、コロとタマにはひもじい思いをさせたくない。

「ご主人! 遊ぶ! 玉投げて!」
「いいけど、食べてすぐ動いたらお腹痛くならない?」
「なる! でも遊ぶ!」

逞しい。

「ふにゃ〜…ボクは寝るから、ご主人頑張って〜」
「うん。おやすみー」

タマはお昼寝のためそそくさと退場。
ということで、

「じゃ、外行くか!」
「わふ!」





一方その頃、狸娘トウカはというと、

「よっこらしょっとー。ふー、看板の取り付け完了っすー。ほむほむ、なかなか良い感じっすねー」

フンッと鼻を鳴らし満足そうに看板を眺めていた。

「外観はこんなもんっすねー。あとはー事務所の内装をー…考えてー……」

探偵事務所開業へ向け思考するトウカの視線が、住宅街を颯爽と歩くある人物に釘付けとなる。











長い銀髪。
燃えるように紅い瞳。
身長
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