休業日 『奪還』

「ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ、お部屋へご案内いたします」

新規の客を部屋まで案内し、旅館内施設の簡単な説明を済ませる。
出迎えは基本的に女将であるホノカの仕事なのだが……。
まぁ、文句を言える立場でもないので、俺は黙って業務を全うする他ない。

「では、ごゆっくりとお寛ぎください」

完全無給状態だが、タダ飯、タダ宿は行くあてのない俺にとっては非常にありがたい。
それに無給とは言っても、傭兵時代に稼いだ金がまだ手元にけっこう残っているので、『文無しプー太郎』と呼ばれる心配もない。
そもそも旅館の仕事はかなり真面目にやっている。
そんな俺を『プー太郎』とか呼ぶ奴がいたら、俺はそいつを間違いなくぶん殴っているだろう。
ま、あれだ。要するに、

「ふぅ。さて、次は……」

充実した毎日を送ってるってこと。
もちろん…いろんな意味で。












そんなある日の昼下がり。
事件は起こった。

「大変っすー! 一大事っすー!」
「んあ?」

賄いで腹を満たし日向でうつらうつらしていた俺のもとへ、ホノカが珍しく慌てた様子で駆けてきた。

「クロさん大変っすー!」
「ふああ〜〜…なんだ〜? 旅館が潰れでもすんのか〜?」
「それよりもさらに大変なことっすー!」
「なに?」

ホノカが旅館よりも優先すること?
信じられん……そんなものがこの世に存在するのか?

「と、とりあえず話してみろ。何があったんだ?」
「それがー……」

ゴクリ……

「『大統領』が……反政府組織に誘拐されたっすー!」
「………」

………。

「へー」

↑正直な感想。

「へーって…それだけっすかー!?」
「いや、だって俺には関係ないし」

大統領が誘拐されたかー。
そりゃ大事件だなー、うん。

「うちには大アリなんすよー!」
「は?」

ホノカが大統領と関係してる?
はは! まさかな。

「はわ! さては信じてないっすねー!?」
「そりゃぁ、まぁ」

旅館の女将という肩書以前に、こいつは若干15の狸娘だ。
そんなチンチクリンが大統領とコンタクトなんて取れるわけがない。

「そんなことでいちいち騒ぐなって。そのうち政府がなんとかして……」
「っす!」
「ぶふっ」

遠心力を最大限に利用した尻尾ビンタをお見舞いされた。
痛みはまったくない。すんごいモフッとしたが。

「クロさん、もしや現大統領を知らないんじゃないっすかー?」
「馬鹿にすんな! 『魔物初の指導者』で有名な『オルレンシア大統領』だろ?」
「その通りっすーノ」

魔物が初めて大統領になったのは、今から5年程前の出来事だろうか。
当時の俺は傭兵を務めていたため俗世には疎かったが、クライアントや傭兵仲間を通して知識としてだけは頭に入れていた。
政府をはじめ、その周囲を取り巻く機関もかなりゴタついたらしい。
だが、5年経った今でも大統領を務めていることを考えると、その『オルレンシア』という魔物がかなりの実力者であるということが容易に想像がつく。
種族は『ヴァンパイア』ということだが…噂では絶世の美女らしい。
どんな面なのか顔だけでも見てみたいという気持ちはある。

「大統領はーこの『豆狸』の建設にー多大な援助をしてくれたんすよーノ こんな良い立地条件で商売できるのもー、ひとえに大統領の尽力があってこそっすよー」
「マ、マジか!? なんでだ? 何のために!?」

なぜあんな大物が、こんなチンチクリンのためにそこまでするんだ?
ますます信じられん……。

「実はー…うちも良くわかんないんすよー」
「は?」
「叔母さんならー何か知ってると思うっすけどー」

板長、か。
確かにあの人なら何か知ってるかもしれない。

「なら、今から聞きにいくか」
「たぶん無駄っすよー」
「なんで?」
「理由はわからないっすけどー、その事を叔母さんに聞くとー何故だか渋るんすよねー」
「なんだそれ」

その反応は明らかになんか知ってんじゃねえか。
仕方ない、強引にでも聞き出してみるか。

「お前でダメなら、俺が聞いてみる」
「そっすねー、ダメ元でお願いするっすー。うちはその間にー準備をしておくっすーノ」
「おう……ん?」

準備? なんのだ?
んー、まぁいいか。
それよか板長を問いたださねぇと。
真相が気になって仕方がない。












厨房にて。
板長に強気で理由を尋ねると、思いのほかすんなり事情を説明してくれた。
そして同時に、俺は驚愕の真実を知ることとなった。

「あ、愛人!?」
「まぁ、ロザリーが勝手に言ってるだけなんだけどね」
「なんだ自称かよ……つかロザリーって、大統領のことですか?」
「そうよ。『ロザリンティア=ファラン=オルレンシア』。これが彼女の本名よ」
「へ〜。というか、随分と親し
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