「クロさんクロさーん
#9825;」
「あー?」
「うちとイチャイチャするっすー
#9825;」
「仕事中」
「仕事なんて放っておいてーうちとイイ事するっすー
#9825;」
「おい、女将がそんなこと言っていいのか?」
「女将だからこそ許されるっすよーノ」
「………」
現在、宿泊部屋のセッティング中。
1分1秒が惜しい業務ラッシュのクソ忙しい時間帯に、旅館の責任者である女将が猛烈な勢いで邪魔をしてくる。
非常に鬱陶しい。
しかも『盛っている』ので尚たちが悪い。
「うちー凄く嬉しかったっすー♪ クロさんの精一杯な告白が聞けてーうちは幸せ者っすー
#9825;」
「頼むから掘り返さないでくれ……」
そう、ホノカが突然盛り始めたのは数日前。
俺は板長に焚きつけられ、ホノカに『本当の気持ち』を伝えたことがキッカケだ。
正直板長にまんまと乗せられた感は否めない。
しかし、気持ちを伝えたことに関しては後悔していない。
が、我ながら冷静ではなかったなと反省している。
「恥ずかしがることないじゃないっすかー♪ うちとクロさんはーもう『恋人同士』に……」
「なった覚えはない。確かに『好きだ』とは言ったが、それとこれとは話が別だ」
「照れなくてもイイっすよー?」
「照れてないっつの! いいか? 俺とお前は恋人でも何でもない、ただの上司と部下…女将と仲居の関係だ! わかったか!?」
「つーん。クロさんがなんと言おうとーうちらはもう恋人っすー。当然キャンセルなんてできないっすーヾ(*´∀`*)ノ」
「ぐっ……」
なにを言っても無駄なようだ。
もういい、勝手に言わせておこう。
「それじゃーうちは部屋に戻ってー『繁殖交尾』の準備をしてくるっすー。クロさんも後で来るっすよーノ」
「絶対行かねーからな!!」
正午過ぎ。
厨房裏口付近にて。
「あ〜…だる」
葉巻を吹かしながら思わず呟いてしまう。
午前の業務があまりにもハードだったため、午後に入って少し時間ができると気が抜けてしまった。
「……やけに静かだな」
色々な音で1日中騒がしい厨房も、昼食を出し終わる頃にはまるで嘘のように静まりかえっていた。
どうやら俺だけでなく、他の従業員(魔物)も同様にガス欠気味のようだ。
ま、こんな日もあるか。
「ふー」
さて、この後どうするか。
『繁殖交尾』なんてするつもりはないので、もちろんホノカはスルー。
昼過ぎは客が外出しやすい時間帯のため、いつも通り宿泊部屋の整頓に回るか。
もしくは板長に皿洗い・夕食の仕込みを手伝わされる可能性もある。
どちらにせよ、そこそこしんどいことには変わりない。
「ちょっとフラつくか」
葉巻を潰し、裏口から旅館内に戻る。
なんの気なしに厨房を横切っていると、疲れと食欲が同時にきたのか、箸を口に突っ込んだまま眠る板長の姿が目に入った。
どうやら賄いを食べてる内に力尽きたようだ。
………。
「ん…ん〜……」
ひんやりと冷たい厨房の作業台で目が覚める。
あちゃ〜…寝ちゃったかぁ。
仮眠する前に、ちょっとでも夜の仕込みを終わらせておきたかったんだけど……。
まぁ眠ってしまったものは仕方がない。
少しスッキリしたし、早いとこ終わらせるかな。
「さてっと……ん?」
立ち上がると、自分の背中からパサリと何かが落ちる。
「これ、確かあいつの……」
そうだ、クロードが外で休憩するときに良く着ていく上着だ。
………。
葉巻臭いが、微かにあいつの匂いも感じる。
「はぁ…あたしの点数上げて、一体どうするつもりなのかしら?」
この程度で堕ちるあたしではないが、まぁ…あいつの好意は素直に受け取っておくことにしよう。
これで仕込みもやってあれば文句は……
ガランッ ゴロゴロゴロ……
「?」
厨房の奥からボウルの落ちる音が。
誰かが既に作業しているのだろうか?
それならそれで一向に構わないのだが、一応様子を見に行ってみよう。
………。
「こ、これは……」
切りかけの野菜や肉、だし汁の入った加熱中の鍋、そして…床に落ちた洗いかけのボウル。
そこには、たった数十秒前まで作業していたような痕跡があった。
「………」
実は今まで何度かこういう現場に遭遇したことがあったのだが、誰の仕業なのか皆目見当がつかないでいた。
しかし、ようやく確信した。
この荒い切り方、火加減、そして最後の最後でボウルを落とすというイージーミス。
これはもはや、
「クロードしかいないわよねぇ」
良くよく考えればわかったかもしれない。
ただ、本当にあいつがここまでするのだろうかという疑問が、リンの確信を遠ざけていた。
いや…やはりこれはあいつの仕業だ。
ふふ、ボウルを落とし焦ったあいつが厨房から逃げる様が目に浮かぶ。
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