「……となっております。露天風呂は零時までのご利用となりますのでご注意ください」
「「は〜いノノ」」
「旅館の説明は以上になります。どうぞ、ごゆっくりとお寛ぎください」
「あ、お兄さん!」
「はい?」
新規の宿泊客に一通りの説明を終え退室しようと立ち上がったそのとき、
「あのぉ〜…ま、また来てください!」
「は?」
客の片割れが良くわからんことを叫ぶ。
「え、えーと、お客様のお世話を頼まれた…ということでよろしいのでしょうか?」
「へ? あ、はい! 私、お兄さんにお世話してもらいたいです!」
「は、はぁ」
………。
「承りました。後程、またお伺いいたします」
深く頭を下げてから、今度こそ部屋を後にする。
「はぁ……」
やれやれ、また貧乏くじか……。
別にやんわり断っても良かったのだが、こういことはすぐ女将であるホノカの耳に入る。
そして何故か板長にこってり絞られる。
……いや良く考えたらどういうサイクルだよこれ。
旅館が完全に板長に支配されてないか?
まぁ、どの道俺は逆らえる身分ではないのだが……。
そんなネガティブな思考を巡らせていると、
『キャー! また来てくださいって言っちゃった! 恥ずかしいよぉ……///』
『あんたいつにも増して積極的だったわね?』
『だってすっっごく男前だったんだもん! まさにワイルド系って感じ♪』
客間から微かに会話が漏れ聞こえてきた。
『まぁ、確かにいい男だったわね。で、どうするの?』
『どうするって、なにが?』
『決まってるじゃない! 次あのお兄さんが来たら……ヤるの? ヤらないの?』
『ぇえ!? え、え〜っと…………』
………。
『……ヤっちゃおっか』
ヤんのかい!!
『決まりね! あ、ちなみに『種』は半分っこだからね?』
『うん♪』
おいおい…俺ここに戻ってこなくちゃいけないのか?
死にに行くようなもんだろ、これ。
あーくそ!
だから魔物の客は嫌なんだ!
今回はフェアリーとインプの組み合わせだったからまだマシかと思ったが、とんだ思い違いをしていたようだ。
「はぁ……」
溜め息が尽きない、今日この頃。
「……というわけなんだ。女将のお前から、あの客達に何とか言ってやってくれ」
「仕方ないっすねー。そういうことならーうちに任せおくっすーノ」
「恩に着る」
ホノカの私室。
この手の話なら、さすがのこいつも黙ってはいない。
というのも、ホノカは従業員が客に手を出されたから……というよりは、『俺が』客に手を出されることを嫌う。
言い方は悪いが、ホノカの性質を上手く利用させてもらう結果となる。
「ほむ。ならーすぐに恩を返してもらうことにするっすー」
「一応聞いとく。どうやって返せばいい?」
「簡単っすよーノ クロさんがうちの婿に……」
「くどいっ」
「はわ!?」
マセガキ狸の額にそこそこ威力の高いデコピンをお見舞いする。
「ほむ〜…クロさん酷いっすよ〜」
「なら、もう婿に来いなんて言わないことだな」
「それは聞けないっすねー。うちは絶対諦めないっすーヾ(*´∀`*)ノ」
「むかつくぐらい逞しいよ、お前」
俺、いつかこいつの押しに負けて婿に行ってしまうのだろうか。
………。
いやいやいやいや、ないない。
俺としたことが、危うくフラグを立ててしまうところだった。
いやぁ危なかった。
「お前はもっと外の世界を見ろ。俺なんかよりも、もっと育ちの良い男なんていくらでもいるぞ」
「別にーうちは育ちの良さになんて興味ないっすー」
「じゃなにが基準なんだ?」
俺がそう聞くと、ホノカはすくっと立ち上がり腰に手を当てふんぞり返る。
「『子宮がキュン♪』となったかどうかで決めるっす!」
「胸張って言うことでもねぇだろ……」
さすがは魔物。
夫を見つける第6感が研ぎ澄まされているというわけか。
……だからなんだって話だが。
「リン叔母さんからの又聞きっすけどー、うちの母もーお客だった父に『キュン♪』ときたらしいっすー。邪魔が入ってー堕とすのに1年かかったそうっすけどー」
「いや、大体の恋愛はそういうもんじゃねえか? よう知らんが」
「そうかもしれないっすねー。とにかくーうちはクロさんに『キュン♪』ときたっすー。それ以上でも以下でもないっすー」
「へ〜」
惚れられた側は堪ったもんじゃないな……。
「ちなみに父はー母が勤めていた雑貨店の開業436人目のお客だったらしいっすー」
「ずいぶんと半端な数字だな」
「うちが言いたいのはー、過去や経歴が全てではないってことっすよー」
「ふ〜ん?」
………。
「惚れた男の手が血に汚れていても…お前は同じことが言えるのか?」
「もちのろんっすよーノ 例外はないっすねー」
「………」
重い話をしたつもりだ
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