「ふあ〜〜…んー……もう、朝か」
ふと目を覚ます。
旅行帰りのため景色の違いに一瞬戸惑うものの、すぐさま見慣れた自室であることを認識する。
「………」
今日は店長のお店を手伝う予定はない。
彼女自身、遊び疲れて店番どころではないとのこと。
「……よし」
僕はベッドから体を起こす。
ある、1つの決意をもって―――――
母と妹の朝食を手早く用意した後、自宅から徒歩10秒の場所に位置する雑貨店へと足を運んだ。
「おはようございます、店長」
「あーシロさん、昨夜は良く眠れたっすかー?」
「はい、おかげ様で」
お店に入ると、陳列棚の商品を整理している店長の姿が。
1週間近くお店を閉めていたせいで埃をかぶっていたのか、彼女の手には小さめのハタキが握られていた。
「あー、でも今日は休業っすよー? 昨日言い忘れてたっすかねー」
「あぁいえ、ちゃんと聞いてますよ」
「ほむー?」
「じゃー何故?」といった表情でこちらを見てくる店長。
そこで僕は、
「えっと、もし良ければ僕と…………デートしませんか?」
生まれて初めて、女性をデートに誘いました。
「シロさーん? うちをどこに連れ込む気っすかー?」
「つ、連れ込むとか言わないでください! 少なくとも屋内じゃないですから!」
行き先を告げられぬままファルシロンに手を引かれること数十分。
町の外を歩いているため目的地がまったく想像できない。
草原で楽しくピクニック…という線はないだろう。
何故なら、彼の手には花束1つしか握られていないからだ。
「あー、じゃー青姦っすねー? バッチこいっすー」
「違います!」
知ってた。
奥手な彼に限って屋外レイプなど万に一つもないだろう。
私的にはわりとマジでバッチこいなのだが……。
そんな草食系の彼には、自分が言葉巧みにイジメてさしあげよう。
「まさかその花束はー、うちへのプロポーズに使うんすかー?」
と、冗談めかしく聞いてみたのだが……彼の反応は予想外のものだった。
「………………」
「……マジっすか?」
「……ノーコメントです」
………。
――そんな言い方をされたら、期待しちゃうじゃないっすか。
「はわー、ここはー……」
ファルシロンに連れてこられた場所は…………墓地。
……どういうこと?
最近流行りのデートスポットか何かなのか?
「すみません。デートと言っておいて、こんな場所へ連れてきてしまって」
「別に構わないっすよー。シロさんと一緒ならーうちはどこでも大歓迎っすー」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
これはもしや、『僕と一緒の墓に入ってください』的なアレか?
だから雰囲気を合わせるために墓地へ来たと?
………。
なるほど、それはそれで風情があって良い。
プロポーズの場所が墓地……なかなか斬新なアイディアだ、悪くない。
さぁ、接吻の準備は万全だ。
くるならこいっ。
「実は、店長に……」
「………」
ドキドキッ ワクワクッ
「実は店長に、紹介したい人がいるんです」
「………」
……違った。
「こっちです、着いてきてください」
「す〜」
再びファルシロンに手を引かれる。
それにしても、人を紹介するためにわざわざ遠く離れた墓地を選ぶとはこれいかに。
それほどまで人目につくことを避けたいということなのだろうか?
そんなことを考えていると、前を歩くファルシロンが歩みを止める。
「店長、紹介します。僕の……父です」
「あ……」
綺麗に手入れされた墓石には、こう刻まれていた。
『考古学者として そして 1人の父親として生涯を捧げた尊き魂 ここに眠る』
慣れた様子で墓石の手入れをするファルシロン。
その間、自分は墓石をマジマジと凝視し続ける。
きっと天国にいる義父様は視線も逸らせずさぞ困惑していることだろう。
「ここにはー頻繁に訪れるんすかー?」
「頻繁って程ではないですけど、毎年1度は必ずこうして手入れに来ます」
「義母様とリンさんの代わりにー、といった感じっすかー?」
「あぁいえ、2人も個別に来てるみたいですよ? 理由はわからないですけど、皆お墓参りは1人で済ませたいみたいで」
「あー、普段見せない顔をするからー恥ずかしいんじゃないっすかねー」
「あ、そうかもしれませんね」
年に3回以上は手入れをしている、と。
なるほど、どおりで墓石やその周囲が清潔に保たれているわけだ。
「義父様、きっと喜んでるっすよー」
「はい。そうだと嬉しいです」
自分と会話しながらも、ファルシロンは懇切丁寧に墓石を磨いていく。
『心を込めて』、という言葉が妙にしっくりくる。
「………」
墓石を見つめて義父様を困らせるのも飽きて
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