「忘れ物はないっすかー?」
「えっと……はい、大丈夫です。荷物は7日分の衣服くらいですから」
「ならーそろそろ出発するっすよーノ」
7日目の旅行最終日。
帰り支度を済ませた僕達は、1週間お世話になった別荘とビーチに名残惜しくも別れを告げた。
今は別荘からすぐの場所にある駅のホームで帰りの列車を待っている。
しかし……滞在中は本当に色々な出来事があった。
広大で自然豊かなビーチに驚き、皆の水着姿に感動し、体が動かなくなるまで遊び回った。
途中で豪商リリィさんやエリートコンシェルジュのシィと出会い、彼女達の人柄・技能・経歴に圧倒された。
そして旅行中にも関わらず、店長やリリィさんと共に巨大生物の討伐にまで赴いた。
いやはや、1日1日がとても充実した内容であった。
………。
え? 僕の女体化?
はて……一体何を言っているのでしょうか?
キオクニゴザイマセン。
駅のホームにて。
「貸し切り列車を手配してある。皆、気をつけて帰ってくれ」
「ありがとうございます、リリィさん」
「なに、大したことはしていないよ。それに、礼を言うべきは私の方だ」
「え?」
リリィさんはそう言うと、握手を交わそうとした僕をグイッと引き寄せ抱きしめた。
「な!?(ファルシロン)」「んな!?(ロザリンティア)」「なー!?(イチカ)」
「こんなに楽しい時間を過ごせたのは久方ぶりだ。ありがとう…君のおかげだよ」
「あ…いえ、そんな……」
「それともう1つ」
リリィさんは僕の耳元でこう囁いた。
「あんなどうしようもない守銭奴だが、どうやら君のことを本気で好いているようだ」
「え?」
「商売仲間ではなく、1人の友人として言わせてもらおう。イチカを……どうかよろしく頼む」
「……はい!」
僕の返事に満足したのか、彼女は口元に笑みを浮かべながらゆっくりと離れていく。
「あ、列車がきたみたいよ」
煙突から黒煙をあげながら列車が駅へと向かってくる。
そして、ブレーキと同時に車輪とレールが強い摩擦を受け、列車は甲高い音と共に僕達の目の前で停車する。
僕は近くの乗車口にいの一番に乗り込むと、皆の荷物を少し高い位置から受け取り、それを車両間にある収納スペースへと並べていく。
(擬装用のお土産は既にシィが手配済み)
「シロさんはいつも紳士っすねー」
「『男』として当然のことです!」
「ヒソヒソ(お兄ちゃん、自分が女の子になったことを相当気にしてるみたいね)」
「………(年頃の男子なんや、仕方ないやろ)」
リリィさんを除く他のメンバーが順々に乗り込むと、列車が汽笛で出発の合図を知らせる。
(イチカパート)
イチカは車窓から身を乗り出す。
「リリィさーん。今更っすけどー一緒に乗らないんすかー?」
「まだ仕事が残っているんだ。残念ながら、お前の店と私の本店は真逆の方向だ」
「そっすかー。それは残念っすー」
「なに、一段落したらそちらへ遊びに行くつもりだ。その時は、お前の仕事ぶりでも見させてもらおうか♪」
「それは恥ずかしいっすよー。勘弁してほしいっすー」
「はっはっは! 冗談だ」
列車がゆっくりと動き始める。
「店長! 窓から顔を出してると危ないですよー!」
「っすー」
座る位置で揉めている連中を諌めながら、シロさんが自分を注意してくる。
「ではーリリィさん、お元気でーノ」
「あぁ、お前もな」
リリィとの距離が少しずつ開いていく。
すると何を思ったのか、リリィは急に列車と並走(浮遊)を始めた。
「イチカ!」
「っす?」
引っ込めようとした体を再び窓へと戻す。
「モタモタしていたら、私が遠慮なくもらってしまうからな!」
「忠告痛み入るっすー。でもーうちは既に覚悟を決めてるっすー。リリィさんが来る頃にはーもう結婚の準備ができてるかもしれないっすよー」
「そうか! ならその時は、私が全身全霊を込めて祝福してやろう!」
列車の速度が上がり、少しずつリリィが後退していく。
「何があっても手放すな! 彼はお前の…………」
(リリィパート)
「……彼はお前の、幸せそのものなのだから!!」
リリィが言葉を伝え終わる前に、列車は既に駅のホームを振り切っていた。
恐らく最後の言葉はイチカの耳には届いていないだろう。
しかしあいつのことだ、きっと読唇術か何かで私の口の動きを読みとったに違いない。
「ふっ…まさか私が、あいつの仲人をすることになるとはな」
なんとも煮え切らない男女。
ついつい背中を押したくなってしまった。
「………」
不思議と悔しいという感情は湧いてこない。
むしろ2人の幸せを心から願ってしまうくらいだ。
………。
しかし、絶対に覆ることのない事実が1つだけある。
それは…………私が間違いなく、彼に『恋』
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