35品目 『君に感謝を』

「忘れ物はないっすかー?」
「えっと……はい、大丈夫です。荷物は7日分の衣服くらいですから」
「ならーそろそろ出発するっすよーノ」

7日目の旅行最終日。
帰り支度を済ませた僕達は、1週間お世話になった別荘とビーチに名残惜しくも別れを告げた。
今は別荘からすぐの場所にある駅のホームで帰りの列車を待っている。
しかし……滞在中は本当に色々な出来事があった。
広大で自然豊かなビーチに驚き、皆の水着姿に感動し、体が動かなくなるまで遊び回った。
途中で豪商リリィさんやエリートコンシェルジュのシィと出会い、彼女達の人柄・技能・経歴に圧倒された。
そして旅行中にも関わらず、店長やリリィさんと共に巨大生物の討伐にまで赴いた。
いやはや、1日1日がとても充実した内容であった。
………。
え? 僕の女体化?
はて……一体何を言っているのでしょうか?
キオクニゴザイマセン。












駅のホームにて。

「貸し切り列車を手配してある。皆、気をつけて帰ってくれ」
「ありがとうございます、リリィさん」
「なに、大したことはしていないよ。それに、礼を言うべきは私の方だ」
「え?」

リリィさんはそう言うと、握手を交わそうとした僕をグイッと引き寄せ抱きしめた。

「な!?(ファルシロン)」「んな!?(ロザリンティア)」「なー!?(イチカ)」
「こんなに楽しい時間を過ごせたのは久方ぶりだ。ありがとう…君のおかげだよ」
「あ…いえ、そんな……」
「それともう1つ」

リリィさんは僕の耳元でこう囁いた。

「あんなどうしようもない守銭奴だが、どうやら君のことを本気で好いているようだ」
「え?」
「商売仲間ではなく、1人の友人として言わせてもらおう。イチカを……どうかよろしく頼む」
「……はい!」

僕の返事に満足したのか、彼女は口元に笑みを浮かべながらゆっくりと離れていく。

「あ、列車がきたみたいよ」

煙突から黒煙をあげながら列車が駅へと向かってくる。
そして、ブレーキと同時に車輪とレールが強い摩擦を受け、列車は甲高い音と共に僕達の目の前で停車する。
僕は近くの乗車口にいの一番に乗り込むと、皆の荷物を少し高い位置から受け取り、それを車両間にある収納スペースへと並べていく。
(擬装用のお土産は既にシィが手配済み)

「シロさんはいつも紳士っすねー」
「『男』として当然のことです!」
「ヒソヒソ(お兄ちゃん、自分が女の子になったことを相当気にしてるみたいね)」
「………(年頃の男子なんや、仕方ないやろ)」

リリィさんを除く他のメンバーが順々に乗り込むと、列車が汽笛で出発の合図を知らせる。


(イチカパート)


イチカは車窓から身を乗り出す。

「リリィさーん。今更っすけどー一緒に乗らないんすかー?」
「まだ仕事が残っているんだ。残念ながら、お前の店と私の本店は真逆の方向だ」
「そっすかー。それは残念っすー」
「なに、一段落したらそちらへ遊びに行くつもりだ。その時は、お前の仕事ぶりでも見させてもらおうか♪」
「それは恥ずかしいっすよー。勘弁してほしいっすー」
「はっはっは! 冗談だ」

列車がゆっくりと動き始める。

「店長! 窓から顔を出してると危ないですよー!」
「っすー」

座る位置で揉めている連中を諌めながら、シロさんが自分を注意してくる。

「ではーリリィさん、お元気でーノ」
「あぁ、お前もな」

リリィとの距離が少しずつ開いていく。
すると何を思ったのか、リリィは急に列車と並走(浮遊)を始めた。

「イチカ!」
「っす?」

引っ込めようとした体を再び窓へと戻す。

「モタモタしていたら、私が遠慮なくもらってしまうからな!」
「忠告痛み入るっすー。でもーうちは既に覚悟を決めてるっすー。リリィさんが来る頃にはーもう結婚の準備ができてるかもしれないっすよー」
「そうか! ならその時は、私が全身全霊を込めて祝福してやろう!」

列車の速度が上がり、少しずつリリィが後退していく。

「何があっても手放すな! 彼はお前の…………」



(リリィパート)



「……彼はお前の、幸せそのものなのだから!!」

リリィが言葉を伝え終わる前に、列車は既に駅のホームを振り切っていた。
恐らく最後の言葉はイチカの耳には届いていないだろう。
しかしあいつのことだ、きっと読唇術か何かで私の口の動きを読みとったに違いない。

「ふっ…まさか私が、あいつの仲人をすることになるとはな」

なんとも煮え切らない男女。
ついつい背中を押したくなってしまった。

「………」

不思議と悔しいという感情は湧いてこない。
むしろ2人の幸せを心から願ってしまうくらいだ。
………。
しかし、絶対に覆ることのない事実が1つだけある。
それは…………私が間違いなく、彼に『恋』
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