「あー、今年の夏はーどこか行きたいっすねー」
「え?」
3月の終わり。
新学期を目前に控えつつもいまだに店を手伝い続ける青年に、狸は独り言のように問いかける。
「夏はまだ随分先ですけど……ちょっと気が早くありませんか?」
「いやいやーそんなことないっすよー。これからの事を早めに計画しておくことはー、人生を楽しむためにーとても大事なことなんすよー? シロさんも覚えておくといいっすー」
「は、はぁ」
人生の楽しみ方を説く狸に、ある素朴な疑問を抱く青年。
――店長、本当にいくつなんだろうか……。
「あの、店長」
「なんすかー?」
「………」
一瞬思考した後、
「海なんてどうです? 避暑にはちょうどいいと思いますよ」
彼は、疑問を心の奥底にしまう選択をした。
「海っすかー。しばらく行ってないっすねー」
「僕もです。大学に入ってから、あまり遠くへ出かけることもありませんでしたし」
「そっすかー。それじゃーうちが計画しておくっすー」
「え、いいんですか?」
狸は得意気に胸を反らすと、
「任せておくっすー。貸し切りのビーチに加えー、泊まり込むための別荘にもーツテがあるっすからー」
「そ、それは凄いですね」
「まー商売仲間の所有地なんすけどねー。うちが使いたいと言えばー断れないっすよー」
「はぁ、なるほど。店長がお世話をしていた人、とかですか?」
「ははー……さー、どうなんすかねー?」
「………」
なにやら悪い笑みを浮かべる狸。
そんな彼女の顔を、青年は見なかったことにした。
「『グラキエス』という魔物でー、この大陸のー寒冷地方で知り合ったんすよー」
「寒冷地方……あぁ、アースコルドのことですか?」
「そっす。ジパングから渡ってきたときにー地盤固めの一環として立ち寄ったんすよー」
「あんな寒い所に? 良く行こうと思いましたねぇ……」
感心半分、呆れ半分の青年。
「あー確かにキツかったっすけどねー。でもーそれに見合う収穫はあったっすよー」
「それが、さっき言っていた?」
「っす。グラキエスといえばー『アースコルドの大豪商』で有名っすからねー」
「そう、なんですか? 知りませんでした」
「商人の間ではー知らぬ者なしっすねー」
そう言うと狸は雑誌スペースを漁り始める。
そしてそこから1冊を抜き取ると、それを青年に手渡す。
「店長、これは?」
「『週刊淫デックス』っす」
「あ、あ〜これが例の……」
青年は遠慮気味に雑誌のページをめくる。
そしてあるページを開くと、
「そこっす。写真付きでープロフィールも載ってるっすからー読んでみるっすー」
「はぁ」
リリィ=ヴァニラス(age.?)
種族:グラキエス
出身:アースコルド
商歴:?
資産:?
コメント:取材拒否により未記載
「……え? これだけですか?」
結局名前しか判明しなかった。
「顔写真があるだけーまだマシな方っすよー」
「はぁ……いかにも冷徹そうな人が写ってますけど」
「いやいやー、話してみるとー意外に面白いクーデレさんだったっすけどねー」
「く、くーでれ?」
「クールにデレるってことっすー」
「?」
青年の頭上に?マークがいくつも浮かび上がる。
「そ、それにしても店長、良くこんな近寄り難い人と知り合いになれましたね?」
「っすー?」
狸は何でもないような表情を見せた後、
「ははー。まー、有名人に秘密は付き物ってことっすよー」
「ん?」
青年は狸の発した言葉の意味を理解できなかった。
が、しばらくして、
「! それって脅迫……」
「さーさーシロさーん、そろそろ閉店の準備っすよーノ」
「……はい」
再び悪い笑みを見せる狸を、青年は見なかったことにした。
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