「お兄ちゃん、どこ行くの?」
「うん、傷薬が切れちゃったから、ちょっと雑貨店まで」
「傷薬? どこか怪我でも…あ、もしかして……あたしのせい?」
リンは気まずそうに問いかけてくる。
「あぁいや、僕じゃないよ。大会のときの傷は大したことなかったし」
「そ、そう。良かった」
「ただ……なぜか、母さんが怪我をしてるんだよね」
「え? お母さんが?」
「腕にいくつか擦り傷があって、あと体中に痣ができてるんだ」
「? 転んだのかしら?」
「それが、何度聞いても理由を教えてくれないんだよ。『仕事部屋から一歩も出てない』の一点張りで……」
「不自然にも程があるわね」
「だよね」
兄妹は互いに顔を見合わせる。
「まぁ、あんまり追及しないであげようよ。母さんには母さんの都合があるんだし」
「う〜ん…それもそうね」
会話が一段落したところで、
「あ、そうだ早く買ってこないと! 母さんうつ伏せで待機させたままだった! 裸で!」
「は、裸!?」
「背中まで手が回らないからーって、僕の目の前で急に脱ぎ始めて……」
「どうして娘のあたしに頼まないのかしら……」
「うん、僕もそう思ったけど……とにかく行ってくるね!」
「あ、うん、行ってらっしゃい。イチカさんによろしく言っておいてよー?」
「伝えておくー」
大会翌日。
相も変わらず平和な日々が続いている。
雑貨店にて。
「あれ? 商品が随分と虫食い状態ですね?」
「昨日はかなり儲けたっすからねー。これでもー頑張って補充したんすよー?」
「なるほど、そうだったんですか。今日は時間がありますから、母さんの治療をした後にでも手伝いに……」
「あー心配いらないっすよー。品出しできる分は全部終わらせたっすからー。残りは発注待ちっすねー」
「あ、相変わらず仕事が早い」
「っすー。だからゆっくりとーお母様の面倒を見てあげるっすよー」
「はい! ありがとうござい……」
バンッ!!
「「!?」」
突然、お店の扉が勢い良く開かれる。
「い、一大事ですわ!」
「ロザリーさん? そんなに慌てて、一体どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもありませんわ!」
ロザリーさんは息を切らしながら、手の中でしわくちゃになった羊皮紙を広げてみせる。
「これをご覧になって」
「これは……」
書かれていた内容は、僕にとって非常に馴染みのあるものだった。
「なんすかなんすかー?」
「ぱっと見た限りでは、現在定められている法律が数項目羅列されているみたいですけど……」
「ファルシロン? あなた、本当に法学を学んでいますの?」
「え?」
ロザリーさんはしっかり見ろと言わんばかりに、羊皮紙の最下に位置する項目を指差す。
「えっと……『配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができる』」
?
別におかしな箇所はどこにも……ん?
「重ねて婚姻をすることが…………『できる』!?」
「はぁ、やっと気がつきましたわね」
「ぇえ!? ちょ、これって……」
俗に言う、法律の改定。
俗に言わなくても、法律の改定。
「こんな非現実的な芸当ができるのは、もうあの方以外に考えられませんわ」
「あの方、と言うと……」
「あー、お婆様っすねー」
店長の言うお婆様とは、僕とリンの母の母、要するに祖母のことだ。
しかし、祖母は只者ではなく……
「バフォメットって、僕が想像している以上に何でもできるんですね……」
「『覇王』と呼ばれる由縁っすねー」
「恐らくは、あのミセスXとかいうふざけた格闘家が、面白半分に提案したのですわね」
「それが本当なら、確かに愉快犯ということになりますけど……」
ただ優勝した賞品が『何でも願いを叶える権利』とあるならば、その後の結末はその人に依存するわけであり、僕達にどうこうできる問題ではない。
それが法律の改定ならばなおさらだ。
「だからといって、お婆様を責め立てる訳にもいきませんし……」
「あまり気にすることないんじゃないですか?」
「そっすよー。直接うちらにはー関係のない話っすよー」
「まぁ…そうですわね。わたくしも夫を共有するつもりはありませんし」
………。
「ほらほらー、商売の邪魔っすよー? お嬢様は出てった出てったー」
「ま、また邪魔者扱いしましたわね!?」
「………」
僕は、考えていた。
いや……人生で初めて、本気で悩んでいた―――――
〜店長のオススメ!〜
『浮気リップ』
無色・無味・無臭のリップクリーム
恋人とキスをすると相手が浮気しているかどうかがわかる
浮気していると納豆
浮気していないとレモンの味がする
男女共に使用できます
価格→198エル
[5]
戻る [6]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録