「いやー、先日はお世話になったっすー」
「いえいえ、どうか気にしないでください」
元旦から数日経ったある日。
形部狸であるイチカ店長が経営する雑貨店が本日から再び開業。
ということで、僕も例によってお店の手伝いに、といった次第であります。
「年越しとはいえーハメまくった…じゃないっすね。ハメを外し過ぎたっすー」
「仕方ないですよ。店長にとっては、久しぶりの祖国の恒例行事だったんですから」
「そう言ってもらえると助かるっすー。何せこっちの大陸に渡ってからというものー5年以上は初詣に縁がなかったっすからー」
「やっぱり、お店を構えるための地盤固めに苦労してたんですか?」
「そっすねー。商業組合の信用やー為替レートに目を光らせる日々が続いてたっすー」
「はぁ、商売するのも大変なんですねぇ」
「まー商人なら誰しもが通る道っすよー」
時期が時期なだけに客足は疎ら。
やることと言えば商品の品出しと、店長とのマンツーマントークくらいだ。
正直、非常に暇である。
「ところで店長」
「っすー?」
カウンターで金額合わせをしている店長が顔だけこちらに向けて返事をする。
その間も指先だけでお金の勘定をしている……凄いなこの人。
「こんな早い時期にお店を開けるのは、なにか考えがあるんですか?」
「もちのろんっすよー」
「あぁ、やっぱり」
「理由わかるっすかー? シロさん当ててみるっすー」
「え? えっと、そうですねぇ……」
「ちなみに言うとー、商売関係ないっすー」
「え」
いきなり可能性の高い選択肢を潰されてしまった。
「開業する日程を今日に指定していたから、仕方なく?」
「そーんなしょっぱい理由じゃないっすー。しかも商売絡んでるっすよー」
「あ、そうでした。んーそれじゃぁ、いつもの気まぐれですか?」
「当たらずしも遠からずっすかねー。というかシロさん、『いつもの』とか失礼っすよー」
「す、すみません。つい……」
店長のきまぐれ半分?
う〜ん…いよいよわからなくなってきた。
「答え、知りたいっすかー?」
「はい、是非」
「そっすかー。でも教えないっすー」
「ぇえ!?」
まさかのおあずけ!?
「知りたければーもっとうちと仲良くするっすー」
「仲良く、ですか?」
もう十分仲が良い気がするんだけど……。
「すみません、具体的にはどうすれば……」
「これにサインするっすー。そうすれば教えてあげるっすー」
「えっと、これは?」
カウンターを盛大に飛び越えてきた店長から差し出されたのは、細かな字でびっしりと埋め尽くされた1枚の書類だった。
「特に意味のあるものじゃないっすー。ここにシロさん本人の直筆とー拇印さえ押してくれればー、うちらは晴れて仲良しこよしっすー」
「は、はぁ」
「あー内容は読まなくていいっすよー? 難しいことが書いてあるっすけどー、要するにー『永遠に仲良くすることを誓いますか?』みたいな感じっすー」
「な、なるほど」
店長はそう言っているが、僕はこっそりと書類の内容に目を通す。
そしてまず僕が感じたのは、これがかなり『強力な誓約書』であるということ。
この規約を破れば『死刑』もあり得る程のものだ。
「店長? これ、もしかして……」
「あー見ちゃダメっすー」
「ぶふっ」
僕の顔に店長の『遠心力尻尾アタック』が炸裂。
しかし見た目程ダメージはない。
むしろ、凄くモフッとした。
「あれ、書類が……」
のけ反っている間に、店長は僕の手から書類をひったくったようだ。
「内容は見なくていいっすー。シロさんは黙ってここにサインさえすればいいっすよー」
「いや、でもこれ……」
大学で法学を学ぶ僕には、この書類の形式に見覚えがあった。
「『婚姻届』…なんじゃないですか? 見たことない型ですけど」
「………」
以前講義で学んだのだが、書類だけで事実上『結婚』することができるという法律が存在するらしい。
事情により結婚を表沙汰にできない場合や、人によってはこの書類を武器に結婚を強要することもあるという(後者は魔物絡みの場合がほとんど)。
「う、嘘は言ってないっすよー? 永遠に仲良くするという意味では間違ってないっすー」
「ま、まぁそうですけど……」
「そっすー。じゃさっさとサインするっすー」
「この流れでまだサインさせようとするんですか!?」
「まー、『筆跡は完全に真似ることができる』っすからー、正直あと必要なのはーシロさんの拇印だけなんすよねー」
「え」
今さらっととんでもないこと口走ったぞこの人。
「拇印もーうちがその気になれば楽勝っすけどねー」
「と、言いますと?」
「方法は色々あるっすけどー、1番楽なのはー寝込みっすねー」
「た、確かに楽ですね。完全に無防備ですし」
「ついでに筆もおろしてあげるっすー」
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