7品目 『出世コース』

「………」

兄が、帰ってこない。
でも所在がわかっている分まだマシだ。
きっと、バイト先(雑貨店)でなにか立て込んでいるんだろう。
しかし、それにしても……

「……遅い!!」

妹のあたしに夕食を作らせておきながら……何たる仕打ち!
もう待てない。
――乗り込んでやる!
向こうの事情なんて関係ない。
いくら『モフモフ』が素敵なイチカさんでも、兄をこんな時間まで束縛して良いはずがない。

「もう! お兄ちゃんの馬鹿!」

いや、本当に悪いのはイチカさんではない。
9割9分の割合で馬鹿な兄のせいだ。
………。
別に、兄が心配というわけではない。
これは……そう! 夕食が冷めてしまうから。
せっかく作ったあたし特製の料理が、冷え切った状態で兄の口に入るのが許せない。
わかった?
決して、個人的な感情は、介入していない。
決して、兄を独占したいなんてことは、ない。

家を出発…………雑貨店到着(この間約5秒)。

さて、どうしたものか。
たまには兄に対して強く反発してみるのも悪くない。
――よし! 突入!
罰として、今夜は一緒に寝てもらう。
もちろん……兄のベッドに2人で。

バンッ!!

「ちょっとお兄ちゃん! 一体いつになったら…帰って……」

雑貨店にあるまじき異様な光景を目の当たりにした。
兄は正座し、イチカさんは腕組みしながら仁王立ちしている。

「イイ加減正直に吐くっすー」
「だ、だから…ロザリーさんはただの幼馴染なんですってば!」
「嘘臭いっすー。ただの幼馴染が許婚とかー信じられないっすー」
「いや、ですからそれは……」
「口答えは許さないっすー」
「ぇえ!?」

………。
とても、切ない気分になった。












「はー、本当に幼馴染なんすかー」
「そうなんです。あたしにとっては姉みたいなものですけどね」

リンが店の様子を見にきてくれたおかげで、どうにか店長の誤解?は解けた。

「元々は親同士の交流がキッカケで知り合ったんです。お兄ちゃん、いつ頃だっけ?」
「えっと、確か僕が5歳のときだったと思う」
「14年くらい前ってことね」
「けっこう古いっすねー」

ロザリーさんと出会ってから、もう14年も経つんだ。
小さい頃、隙を見ては僕の首元に噛みついて吸血してきたっけ……。
とても色々な出来事があった気がする……ほんと、色々。

「あたし達の母は、そこそこ有名な小説家なんです。それで、母の執筆した作品がたまたま領主様の目に留まって……」
「気に入られたわけっすねー」

正確には気に入られるというより、僕の母と領主様が『友達』になったと言う方が正しいかもしれない。
正直太いパイプを持っている…と思ったことはない。
むしろそのまま、家族同士の付き合いといった感じだ。

「お嬢様との関係はー良くわかったっすー」
「じゃぁ店長、僕はこの辺で……」
「まだー大事なところだけ聞いてないっすー」
「ぶふっ」

話を切り上げようとした僕に、店長は遠心力を利用した尻尾ビンタをおみまいしてきた。
すごく、モフッとした。
そして、リンが羨ましそうな表情でこちらを見てくる。

「でー、許婚とはーどういうことっすかー? 成人で結婚ってー何なんすかー?」
「結婚? お兄ちゃん、もうそんな話になってるの?」
「いや、結婚は僕も初耳」
「? どゆことっすかー?」
「僕も知らなかったんです。どうやら、領主様主軸で勝手に話が進んでるみたいで……」
「ロザリーが許婚って騒いでるのは14年前からだけど…まさか、本当に実現するなんて……」
「あーなるほどっすー。2人にとってもー不測の事態ってことっすねー」

そう、その通り。
まぁ不測の事態というのは、あちら側に大変失礼な言い回しかもしれないけど……。
ともかく、結婚の件に関しては当事者である僕もさすがに驚いた。

「ねぇお兄ちゃん?」
「ん、なに?」
「ロザリーとの結婚って…要するに『アレ』よね?」
「『アレ』?」
「えっと、なんて言えばいいのかしら……」

リンは自分の唇を指の腹でトントンとしながら言葉を選んでいる。
この行動は妹の癖。
たぶん動揺しているんだと思う。

「だから、お兄ちゃんが……」
「うん、僕が?」
「………」

一息。

「この町の『領主様』になるってことよね?」
「……は?」
「だってそうじゃない! ロザリーは領主様の娘よ? お兄ちゃんがあっちに婿入りするってことは……」
「いずれはー、領主の座をー受け継ぐことになるっすねー」
「………」



……え?



「ええええええええええええええええええええ!?!?!?」





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