「…絶対にやめておけ、オルド!!!!」
…心配と困惑と怒りの籠った怒鳴り声が部屋に響く。それもそのはず。
「ドラゴンを碌な鎧もつけず討伐するなんぞ、舐めてるとしか思えん!それに相手は『ネームド』だぞ!」
…『ネームド』。
魔物娘の中でも、特に戦闘能力が高く、驚異度が高いとされる個体。正面から倒すには兵士一万は必要という試算もある相手だ。男が怒鳴った相手…オルドはあろうことか、まともな防具無しで決戦に挑もうと言うのだ。
「…奴の攻撃は一撃必殺。故に防具など重量物でしかない。」
心配する男をよそに、男は淡々と話す。
「…世界中の防具とその伝承を当たってみたが、奴の攻撃を防げるものは無かった。故に、資金全てを武器と回復アイテムに充てるのが最善と判断した。」
「にしたってお前…限度ってもんが…!!というか、恐ろしくないのかよ…!相手は災害クラスのバケモンだぞ!!!」
「恐怖を遠ざけ安心する事は、必ずしも勝利への道ではない…準備すべき事は全て行い、祈りも済ませておいた。後は勝負に身を委ねるのみだ。」
「くっ…好きにしろ。俺は忠告したからな!」
「ああ…ありがとう、どうか達者でな。」
男は折れ、捨て台詞を吐いて去っていった。だがオルドは、彼が自分を本気で心配してくれていたのは分かっていた。
…怖くないと言えば嘘になる。しかし、恐怖から出た保身は少なからず破滅を呼ぶ。故に恐怖とは心に留めておくべきものだ。それが歴戦の若き剣豪、オルドの矜持であった。
…………
早朝、外套を身に纏ったオルドは彼の住む村を出て、ダンジョン「巨竜の住処」に向けて出発した。今から出発すれば、到着は日暮れ頃となるだろう。
ダンジョンといっても構造は単純でトラップもなく、魔物は一体しかいない。
…『災厄の竜』、彼の決戦の相手である。
旧魔王時代は当時の近隣諸国に壊滅的な被害を与え、繰り返し討伐隊が組まれたが、その全てを蹂躙したという。現魔王になってからはかつての凶暴さは無くなり、こちらから怒らせない限りは、たまに討伐に行った人間が返り討ちにされる程度に留まっている。しかし魔物が現在の姿になった経緯が反魔物側に広く周知のされないのもあって、依然危険視されているのだ。
無論魔物と繰り返し交戦経験を持つオルドはそんな事は承知の上だ。それでも彼には竜に挑まなければいけない理由があった。
彼が暮らす村はとりたてて産業もなく、村は自給自足と近いシステムで成り立っていた。しかし、かの竜の魔力活動が急激に活発になった事によって、村含む近隣一帯は酷い熱波に襲われた。農作物がダメになり、体力の無い老人や女子供が次々に倒れた。…このままでは暑さと飢餓で死人が出る。生まれ育った故郷に恩を返す為、オルドは竜退治に出向いたのだった。
戦わずに済めばそれでいい。命を奪わずとも、交渉で魔力活動を抑えるなり、どこかに引越して貰うなりして貰えたらそれに越した事はない。しかし、相手は地上の王者、それもあの『ネームド』だ。ちっぽけな人間如きの要求など聞き入れて貰えるだろうか。いざとなれば、自分より遥かに強大な相手に、力づくで立ち退きを要求する事になるだろう…
…………
道中魔物にちょっかいを出されたので、目的地に着く頃には辺りはすっかり夜になっていた。目の前に見える洞窟こそ「巨竜の住処」、ゆうに村の一番大きな建物が縦に3軒分は入りそうな入り口の奥からは灼熱の熱波が漏れ出し、周囲に陽炎を生んでいた。幸い、彼は熱避けのアミュレットをしているので焼け死ぬ事はない。オルドは覚悟を決めて、奥へと踏み入る。
…………
洞窟は横穴に入らなければ殆ど一本道で、決して深くはない。踏み入ってまもなく、洞窟の最奥にる主の元に到達した。
…そこにいたのは、赤い鱗を持つ女の姿をした火竜。自らを圧倒的上位と疑わず、侵入者を侮るように見ている。その威容に思わず身体が竦むが、すぐに主を見つめ返す。
…彼女こそ「災厄の竜」。旧魔王時代より生きる、悪名高きドラゴンである。
「…人間か。今は戦う気分ではない、そこに転がっているガラクタはくれてやるから、さっさと消えろ。」
オルドの近くにあった財宝の山を指差しそう言う。
…戦意がないという言葉とは裏腹に、竜は酷く機嫌が悪そうだ。鋭くも美しく整った顔はすこし赤く、どこか恨めしくこちらを睨みつけている。
「…悪いがそうもいかない。災厄の竜よ、貴女に折り入って頼みがある。貴女の魔力が発する熱波で、村の皆が死にかけている。悪いが、魔力活動を抑えては貰えんだろうか。」
「断る。帰れ。」
「そう言わずに頼む、俺に出来る事があればなんでもしよう。」
「なら今すぐ消えろ、二度は言わん。」
ばっさりと拒否され、取りつく島もない。覚悟はしていたが、こうなれば実力行使しかない。
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