もっと勉強しておけば良かった、と強く後悔した。市内でも有数の進学校を受験するも不合格――まあ、よくある話だと思う。勉強なんかどこでもできる、と半ば負け惜しみのセリフを抱えて、僕は滑り止めに受けていた高校へ入学した。
入学してから知ったことだけれどこの学校は男女比が三体七、うち魔物娘は生徒全体の半分に及ぶ。男子の肩身の狭さと言ったら……と、嘆きたいところだが、大抵は恋人を作ったり、そうでなくとも男、女、魔物ともに仲良くやっている。
特に文句の出るような学校でもないのだが――授業終了のチャイムと同時に吐き出すため息を、一つ前の席に座るチビが耳ざとく聞き取り、くるりと僕の方へ振り返った。
「どったの、アッキー」
「そのアダ名はやめろ」
「えー、いいじゃんね。アッキー
#9829; んふふ」彼女――名前を春という――は黒に浮かぶ紅の双眸を歪ませて、ニヤニヤ笑った。
「アッキー、悩みがあったらアタシに相談してね」
その悩みの種たる春。彼女は魔物だ。種族はデビル。初めはその眼と青い肌に驚いてしまったけれど、彼女の気さくな性格と奔放過ぎる立ち振舞から、こうして軽口を言い合う仲へなるのに時間はかからなかった。
「そうだな、じゃあ、パンツを穿いてくれ」
「えー、なんで」
春はそう言って、短い足をすっと組んだ。短いスカートがふわりと捲れ、僕は慌てて目を逸らした。
「ンフ……アッキーたらぁ、ス・ケ・ベ
#9829;」
「せめてスカートを長くしてほしい」僕は思わず、ため息をついた。
「別に校則に違反してるわけじゃないしー」
「確かにそうかもしれないけど」
「じゃあいいじゃーん」
言いつつ、春が椅子の上で身体を少し反らせたので、短いスカートが微かに持ち上がり太ももの間の暗がりが露わになりかけ――僕はまた慌てて、席を立った。
「帰る? じゃ、行こっか」
春も席を立って、鞄をその華奢な肩に引っ掛けた。
歩く春のお尻がぷりぷりと揺れて、短いスカートは絶妙にその下の素肌を隠している。黒く艶めいた尻尾と翼とが露出していた。
魔物娘が多いということもあるのか、制服の着用を義務づけられているものの、規則は緩い。髪型についても、他人の迷惑にならない範囲で自由、とされていて、女子は特に思い思いのヘアーコーディネートを楽しんでいる。春は浅葱色の髪をいわゆるツインテールに結んでいて、身長も相まって(彼女の身長は頭が僕の胸元に届くくらい)ヘタすると小学生にも見える。
隣に歩く春を一瞥して、ため息をつく。
「ねえ、アッキー。悩みごとはちゃんと解決しようよ? 意地張ってないで」
「意地張ってるのは僕じゃなくて、春の方だろ」
「…………なんの話?」
「パンツだよ!」
思わず大きな声で言うと、廊下を行く他の生徒にクスクス笑われてしまった。
「アッキーったら、大胆なんだから……
#9829;」と、頬に手をやる春にため息をつくと、彼女は僕の腕に絡みついてきた。
悲しいことである。ノーパンミニスカなんか注意もされない。春は一つ前の席に居るから、椅子の上へ乗る春のお尻が嫌でも目に入るのだ。僕が後ろに座っていることを忘れているのか、時折彼女の尻尾がスカートを捲り上げる。
気が散って勉強なんかできやしない。僕の成績が中学時代の半分まで落ち込むのも時間の問題だ。それが、ここのところの悩み。
「どうしたものかな」誰に言うでもなく呟いた。
外靴に履き替えて、春と二人で昇降口を出たところで呼び止められる。
「明さん、お姉ちゃん、今からお帰りですか」
「ああ、冬子さん」片手を上げて挨拶をすると、きっと睨まれた。
「冬ちゃん、です」
「……冬ちゃん」
「ごきげんよう、明さん」
ペコリと頭を下げた彼女は――名前を冬子という――春の妹だ。魔物娘で、種族も同じデビル。黒い目、赤い瞳、青い肌と尻尾に翼。学年は一つ下だけれど、春よりもよっぽど大人びて見えるのは眼鏡をかけているせいか、髪型か、あるいは性格や話し方か。
形の良い鼻に乗る、細いアンダーリムの眼鏡。肩の下まで伸びた髪は綺麗に手入れされ、前髪はシンプルなヘアピンで留めてある。さすがに姉妹だけあって二人ともよく似ている。僕の胸元辺りまでしかない身長も、可愛らしい顔も、丸みを帯びながら起伏に乏しい体型もそっくりだった。
中身の方は、姉の春を自由奔放と例えるなら、妹の冬子は泰然自若といったところか。
「奇遇だね、冬子」
「奇遇ね。お姉ちゃん」
二人のやりとりに思わず苦笑する。奇遇も毎日続くならそれはもう習慣と言って構わないのではないか。
「……冬ちゃんも今から帰り?」
「ええ、そのようで」
冬ちゃんと初めて会った日に「冬ちゃんとお呼び!(要約)」と言い渡され、冬子ちゃんと呼ぼうものならすぐさま訂正される。
「じゃあ、一緒に帰る?
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