うちはそれほど大きな家ではないが、メイドさんがいる。
なんでも、親父の友人が、娘の嫁入り修行のためにと親父に頼み込んだらしい。
親父の方も、特に金はいらないと言うし、種族的に食事もいらない。何より母親のいない俺と歳が近いし、仕事が忙しすぎる親父にとって都合がいいということでうちに来てもらっているのだ。
「あ、ちーくん。おはよう、昼寝終わった?」
「ちーくんはやめてよ姉さん。おはよう。っていうか、もう夜だけど」
初めて会ったのは中学一年生の時で、当時は不慣れなこともありつんけんしていた覚えもあるが、高校一年生となった今となっては少し恥ずかしい思い出である。
つんけんしているのは表面だけで、その実意識しまくっていたからだ。
素直になってきたのもつい最近のことだから、あまり言えないが。
いつでもメイド服を着ている姉さんが感慨深げに言う。
「ちーくんも変わったなあ」
俺が姉さんと呼ぶのは彼女の方が年上だからだ。彼女は今高校三年生である。二つ上だ。
「まあ、昨日で三年も経つし……流石に慣れてきた」
変わったのは俺たちの関係だけではない。三年前には忙しいとはいえ割と家にいた親父も、今や年に二度三度家に帰ってくるような状態である。
俺の家事技術は散々なので、姉さんがいなくては生きていけないだろう。
「うんうん、それはいいことだねっ。あ、晩御飯出来てるよ。今日は茄子尽くしメニュー」
「おっ、いいね」
あの一見毒々しい色合いに対して、酷く上品な甘みと脂を吸った時の柔らかさ。皮と中身で食感が違うのもいい。
俺は茄子が好きだ。そしてそれは、姉さんの得意料理であることも多分に影響しているだろう。
姉さんの黒い髪が光に透けて紫に光る。
もしかしたら、それも影響しているかもしれない。
恥ずかしさを紛らわすように、鼻の下を指で擦った。
食事中、姉さんはじっとその様子を見てくる。そしてコメントを求める。
「どう? 美味しい?」
茄子の煮浸しに、茄子田楽。茄子の味噌汁。本当に茄子尽くしだが、味がそれぞれ違うから飽きることがない。
俺は煮浸しを箸で摘み上げて言った。
「なんか、いつもより甘くない? 美味いんだけど、旬じゃないよね?」
「あ、わかる?」姉さんはえへへと笑った。「その分愛情がこもってるから」
「はいはい」
俺は目の奥が熱くなるのを、味噌汁を含むことで誤魔化した。
姉さんはじっとその様子を見ている。黄色い虹彩の優しい眼差し。
愛情。
そう、姉さんは嫁入り修行に来ているのだ。
いつか姉さんも旦那さんを見つけて、結婚することになるのだろう。
俺の胸の僅かな痛みは、茄子の甘みのように日々強くなっている。
気がつけば、ため息が出ていた。
「どしたの。なんか嫌なことでもあった?」
「……なんでもない」
甘みが痛い。
俺は姉さんに見つめられながら、黙々と箸を進めた。
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