幼いころからイズミは泣き虫で、おどおどしていて危なっかしかった。
それで俺は、見ていられなくて手を引いていたのだと思う。
中学生になって。性を強く意識するようになって、男同士で手をつないでいるのが恥ずかしくなって。
俺は言ったのだ。
「あのさ。もう。手、繋ぐのやめよ」
イズミは泣きそうな顔をした。イズミは昔からすぐに泣く。
「それって、男同士だから……?」
「そう」
告げると、イズミはしくしくと泣いた。胸が痛い。
きっとイズミは生まれてくるときに、ちょっと間違ったんだろうな。
イズミが泣いているのを、俺は遠い世界のことのように感じていた。
遠い世界のことなのに、胸の痛みはいつまでも収まらなかった。
これが全ての始まりだった。
翌朝、俺たちは相変わらず手を繋いでいた。俺は女になったイズミの手を引いている。
朝起きたら女になっていたらしい。そんなのアリかよ。
何かにすり替わってしまった、かつては胸の痛みだったものの正体を探る俺とは対照的に、イズミはこの世はおしなべて平和であると信じている赤ん坊のように笑う。
「きっと、神様がボクにプレゼントをくれたんだよ」
タカくんと手を繋ぐために。イズミはそう言う。
俺は、幼いころのイズミとの思い出だったり、柔らかいイズミの手の感触だったり、既に自覚している性的なことだったりを処理しきれなくなって、ふうとため息を吐いた。
イズミは俺に手を引かれることを楽しむかのように俺の少し後ろを歩く。
元々イズミは主体性がない。俺の行くところについてくるし、やってることを一緒にしたがる。
元々イズミの手は男のくせに柔らかかった。それが今、さらに柔らかく俺の手を握りしめている。
大きく変わっていることよりも、あまり変わらないことが俺の心を蝕む。イズミの笑い方もそうだ。
「ちょ、くすぐったいよ」
手の感触を確かめていた俺の手を、イズミがえいえいと揉み返してくる。元々女っぽかった顔が、完全に女の子のものになっていて俺は目を逸らした。
「ほら、行くぞ」
「あっ、待ってよ」
俺たちは学校へと足を進めた。手汗をかいているのは、きっと夏が近づいているからだった。
イズミの変化は俺の想像よりもあっさり受け入れられた。なんでも、こんなとてつもないことにも前例があるらしい。アルプ、という魔物娘に属するようだ。
そして俺とイズミは相も変わらず、手を繋いで学校へ向かっている。
「もうちょっとしたらセーラー服になるのかぁ」
イズミが言った。イズミは今、ちょっと大きめのシャツを着ている。
「そのシャツよりは似合うんじゃないか」
というか、着られているって感じだ。
イズミはてれてれして言った。
「そ、そうかな」
ぎゅっと手が握られる。俺たちの手汗が混ざった。
「ボクのセーラー服、見たい?」
俺は目を逸らしてイズミの手を引いた。
手汗が滑る。イズミが「わわっ」とつんのめって、困ったような顔をした。
「ボクがセーラー服着たら、タカくんは手繋ぐの恥ずかしい?」
イズミには主体性がない。前はあまり気にならなかったことが、今は妙に気になった。
俺は言った。
「イズミ、お前はどうしたいんだ?」
イズミはきょとんとした。そして考えるように空を仰ぐ。男の時より赤さを増した唇が開く。
「……わからないけど」
縋るような目を向けられて、迷子の子供のような目を向けられて。
俺は何となく離しちゃいけない気がして、ぎゅっとイズミの手を握った。
そして前を見て歩き始めた。
空に黒い雲が見える。梅雨が来たのだ。
雨が降っても、俺たちは手を繋いでいる。
一つの傘に二人。怖いほど近い距離に、相合傘を恥ずかしがる余裕もなかった。
セーラー服のイズミは、見た目が男だった時とあまり変わっていないということを信じられないくらいに似合っていた。
イズミは嬉しそうに繋いだ手を振った。重なった手に、少し雨がかかる。
「しばらく雨が続くのかなぁ」
イズミは雨が好きだ。「この服が濡れるのはちょっと嫌だけど〜」とか言いながら、明らかにテンションが高い。
歩くたびに、肩がこすれて距離を意識する。
「イズミ。近い」
「だって濡れるじゃん」
そのたびに当たる腕の柔らかい冷たさが、濡れた手の奇妙ないやらしさが性を意識させる。
俺は傘を少しイズミに傾けて、灰色に埋め尽くされた空を見上げた。
「しばらく雨が続くのか」
雨は別に嫌いじゃない。
ただ、もやもやとした心の何かは、雨で流されてはくれないのだ。
雨の日は、イズミはそのまま俺に手を引かれて家に来る。
そして俺の服を着て、傘もささずに雨を浴びながら散歩するのだ。いつからか始まったこの遊びは、冬以外は雨が降るたびに繰り返される。
奇妙な遊びだ
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