三年と四日目 朝

「おはよ、姉さん。助かったよ、寝つきめちゃくちゃ良かった」

「デショ」

姉さんは得意げだ。「お風呂沸かしてあるからね」

本当に姉さんには何から何まで助けられている。

いつもの入浴剤でとろみのある風呂を済ませ、黒いバスタオルで身体を拭く。

このとても肌触りのいいバスタオルも、姉さんが用意したものだ。
なんでも実家から持ってきたものだというが、長い間使っても全然傷まないし、水分の吸収も凄い。質の高いものは違うんだな、と実感したものだ。高級そうな色をしているだけある。

「う」

入浴中から気になっていたが、やけに息子が元気だ。昨日即座に寝たのがそんなに不満だったか? しかも感覚が鋭敏になっているのか、やけにとろみを感じ取っていた。

バスタオルが触れるたびに肌触りの良さが快感に変わり、ぞくりと背が震える。
そのままバスタオルを添えて、少し動かすとさらさらと舐め上げられるような感触がして。気持ちいい。もう少しだけ。
頭では良くないとわかっている。出すにしても、排水口のあるところに。気持ちいい。手が止められない。

「うっ……」

解放感にため息が出る。やってしまった。後悔が募る。
しかもなんだってそんなに元気なんだお前は。未だに自己主張する息子はもう諦めてバスタオルを見る。
黒地に白が目立っていた。

流そうとすると、吸収性の良さを発揮してその水ごと吸い込んでしまい事態が悪化した。
最悪だ。なんとか取れないものかと試行錯誤しても、塗り広げる結果になりもうダメだった。

「姉さん、洗濯物回しとくねー」

姉さんに呼びかけて勝手に洗濯物を回す。
とりあえずこれで今はなんとかなっただろう。

食事の際、いつも同席して見ている姉さんだが、今日は少し事情が違った。

もじもじしたまま、一向に料理の出来を確かめてくることも無ければ、それどころか目も合わせたりしない。薄紫の肌がはっきりと赤くなっている。

「どうしたの?」

俺が尋ねると、姉さんはおずおずと言った。とても言いづらそうだった。

「あの、その。ちーくんの、アレの、匂いとか……ね?」

心当たりがありすぎる発言に俺は死にたくなった。
そうじゃん。魔物娘じゃん。そういうのに敏感だって知ってた筈だろ俺。
なにが、今はなんとかなっただろう、だ。下手したら出した瞬間に気付かれててもおかしくなかった。

完全に硬直していた俺が箸を取り落とさなかったのは奇跡と言っていい。

姉さんが俺の様子を見て慌てたように言った。

「だっ、ダメってわけじゃくて! ただ、えと……そう! そのっ、不意打ちだと。こうなっちゃうから、事前に言って欲しいってだけで!」

「今回は俺が明らかに悪いけど流石に言えるかァ!」

どんなプレイだそれは!
姉さんが反論した。

「でも覚悟が、覚悟が要るから! そうじゃないと、ダメになるから!」姉さんは泣きそうな顔で続けた。「私、お姉ちゃんだけど、魔物娘だから……」

俺は。
俺は、どうするべきだったんだろうか。
過去は変えられない。
だからこそ、未来を変えるための努力は、今、やらなければならないのかもしれない。


俺は学校でも悩み続けていた。

「千秋、なに難しい顔してんの。なんかあった?」

「いや、まあ。ちょっとな」

声を掛けてきたのはクラスメイトの犬飼だ。クー・シーの彼女がいたはず。魔物娘との付き合いという意味では、先輩にあたる。話してもいいかもしれない。
うん。俺は一つ頷いて事情を説明した。

犬飼は難しい顔をした。

「……キツくね? つーか状況がわかんねえ。お前が今までの関係を続けたいのは、まあわかるんだけど」

俺は頷いた。

「姉さんが俺を弟として見てるか男として見てるかが分からん」

「ダメじゃねえか」犬飼は言った。「どうすんだよこれ。何もわからねえままじゃねえか」

「あのさ」

横の席から声が掛けられた。スライムの水谷さんだ。

「二人とも勘違いしてるけど、魔物娘が本気出したら男の抵抗なんて意味ないわけよ」

「どういうことだ?」俺は尋ねた。

「いやね。男として見られてたら、まず間違いなく抵抗できないから」

犬飼が口を挟んだ。「そんなことはないだろ、うちのロンは手を出してこないぞ」

「忠犬だねぇ……でも、その分どんなに挑発しても手を出してこないでしょ」図星だったのか犬飼が呻いた。「魔物娘ってそうなの。自分の思う通りにできるだけの意志と力があるの」

俺は尋ねた。「じゃあ、俺はただの弟としてしか見られてないってことか?」

「そこがわかんないんだよね」

水谷さんは首を傾げた。

「明らかに気はある。手ぇ出されてるし、これは間違いないから。なのに弟っつって距離を取ろうとしてる。そこが変」

「結局手詰まりかよ」犬飼は頭を掻いた。

「いや
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