起きると、なにやらふかふかしたものに頭を埋めていた。顔を傾けると、すぐ上にある姉さんの顔。
「おはようちーくん。日曜日だからって寝すぎだぞ?」
「おはよう……あれ? ……姉さん?」
なんで姉さんがここにいるんだろう。
俺の部屋だ。時計が十二時を指していること以外はいつもと同じ朝だった。
「もう、昼じゃん……」
時間を無駄にした感が凄い。
姉さんがくるくると何かを指で回して言った。
「私も暇すぎたから耳掃除してたの。ちーくんの」
「え? あっ」
膝枕。その状況を理解した俺は、浮かせた頭を下げることもあげることもできず硬直した。
「ほらまだ終わってないから」
姉さんに頭を押されて、ぽふんと頭を下げる。
耳掃除は終わりかけのようで、少し耳を掻かれたらすぐに暖かい濡れタオルで拭われた。それが寝起きにはとても心地よく感じられた。
それが膝枕が終わってしまう合図でもあることがわかったので、少し残念な気もした。
姉さんは俺がこの時期は朝起きると風呂に入ることを知っている。あらかじめ沸かせておいてくれるのは本当にありがたい。
「姉さんがいなくなったら、俺は生活できなくて死ぬかもしれんなぁ」
とろりとした湯に身を沈める。
現状俺は何一つ家事ができない。改めて認識すると凄いことだ。ヤバい気がする。かろうじて自室の掃除はしているが、大掛かりなものとなると姉さんに手伝って貰っていた。
入浴剤で紫がかった湯を顔にかけると、熱を持ったそれがなめらかに滑り落ちた。
こういう入浴剤とかも、一人では使うことはないだろう。
俺に現状できることは何だろうか。姉さんのために、何か。
俺はむんと一念発起して湯から上がった。
「買い物に一緒に行きたい?」
姉さんが目をぱちぱちさせた。
俺はちょっとでも姉さんの助けになりたいという旨をアピールした。
うーん、と姉さんが顎に人差し指を当てて上を向く。
「じゃ、デートしよっか」
そういうことになった。
なんでも、昨日の時点で必要なものはほとんど買っていたらしい。何昼寝してんだ都合が悪いぞ俺。
しかし、姉さん的にはそう言って貰えるだけでもモチベーションが上がるから助かるらしい。
「ね、姉さん?」
「何かなちーくん」
「な、何でそんなにひっついてくるの?」
「嫌だった?」
嫌ではないけど。俺はもごもごと言った。
姉さんはぴんと人差し指を立てて説明してくれた。
「流石に、一緒にいるのに魔物娘に攫われたとかシャレにならないからね。だからこうしてるってワケ」
姉さんは組んだ腕をぎゅっと強く絡めた。
肘に当たっているものの柔らかさに記憶領域を支配されながら、俺は曖昧に頷いた。
しかし、それにしてもヤケに視線が集まっていて恥ずかしいのだ。
姉さんはキョトンとした。
「そりゃ、私がメイド服で出歩いてるからじゃない?」
普通、デートとなると魔物娘でもメイド服を着ることはあまり無い。
俺にとってしてみれば全く違和感のない服装なので、気付いていなかったのだ。というか姉さんのそれ以外の服を見たことがない。
俺は震える声で言った。
「なな、なんでメイド服を?」
姉さんは悪戯っぽく口を歪めた。そしてよく響く声で言う。
「愚問ですわご主人様! それは私がもごっ」
慌てて口を塞ぐも時すでに遅し。周囲のざわめきが大きくなっていた。
姉さんは粘液系の魔物娘だが、なまじ擬態が上手いために一見しただけでは種族がわからないのだ。確か、ショゴスだか何だかそんな名前だった。
そういうわけで、薄紫の肌の色以外は魔物娘の特徴を示すもののない姉さんの口を塞いでいる俺は、奇妙なものを見る目を向けられているのだった。
「あっはは! あー面白かったー」
「全くもう」
姉さんと二人して走って、途中で二人三脚みたいになったが、それはそれで楽しかった。
俺がベンチで不貞腐れていると、ぴとっと冷たいものが頬に当てられた。
「もう、ゴメンて。これで許して」
缶ジュースだった。葡萄味、炭酸のそれは、俺が子供の頃からずっと好きな飲み物だ。
雑な甘みと刺激。冷たさが、火照った身体と心を癒した。
「しょうがないなぁもう……」
何だかんだ言っても、姉さんが俺の好みを覚えていてくれるだけで許してしまうほど、俺は姉さんが好きなのだ。
「ん、汗かいてる」
姉さんが手を伸ばして、顔の汗を吸い取った。粘液とはかくも便利なものだ。
「いくら気温が低いって言っても、流石に走ったら汗かくね」
そういう姉さん自身は何事もないが、その目は俺に向けられていた。
「背中がヤバい。服変色してそう」
俺の場合、背中の汗が特に多いため、すぐにシャツがみっともない状態になってしまう。そして冬は上着を着ているためまず乾かない。延々
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