薄暗いもやのかかった視界の中で、何かがゆらゆらと揺れていた。
相島英(あいじま すぐる)は、はっきりとしない思考で自分の体の上に揺らめく影を見る。
初めはどのような形をしているのかすら認識できなかった影は、思考の霧が晴れていくに従ってその正体を明らかにしていった。
それはよく見知った少女だった。
彼女は英の腰に乗っており、体が揺すられるごとに英の下半身に鈍い快感が打ち寄せる。
少しずつ体が昂ぶっていくが、今一つ物足りないと本能が不満の声をあげた。
もどかしい刺激では我慢できず、彼女の体を掴んで下半身を思う様に叩きつけたい衝動にかられるが、体は逸る意思に反して上手く動かない。
むずむずと腰に溜まる欲望を意識しながら英は現状をより正確に認識していく。
彼女の体は重さがないかのように軽く、光が満足に入らない部屋では彼女の表情も見えない。定期的に与えられる鈍い刺激は早くも遅くもならずに一定のリズムを刻み続けている。
現実感のないそれはまるで夢の中にいるようであり――そこに思考が至った時点で彼はこれを夢だと理解した。
(なんだ……)
残念を思う英は、もしかしたらという僅かな希望と共に彼女の名前を呼んでいた。
「きょうか……」
●
唐突に視界が開けた。
部屋は朝日に照らされており、体の上には誰も居ない。視界を占めるのは見慣れた自分の部屋の天井だ。
鳥の鳴き声を聞きながら、英は壁掛け時計を見る。
朝五時五十五分。いつも通りの起床時間だった。
(……やっぱり夢か)
そう納得した途端、英はある可能性に気付いて上半身を跳ね起こした。
布団をめくり上げる。下半身が自己主張してはいるものの、ズボンに染みはできていない。
朝一番の安堵の息をついて、英はベッドから下りた。
下着をめくってみると、夢のせいか、ペニスからは先走りが滲み出していた。
こいつの処理をどうしようかとしばし考える。
少しばかり下着が汚れてはいるが、着替えの際に寝間着と一緒に洗濯機の底に放り込めば問題無いだろう。洗濯さえしてしまえば彼女の鼻ににおいを拾われることもないはずだ。幸い寝汗もかいているので多少の湿気は怪しまれることもない。
ストレッチで体を伸ばしながら体調を確認する。
下半身に負けず劣らず、全身良好だった。
(もう少し節操を持ってくれると助かるんだが……。これで夢精なんてした日にはどうしたって一発でバレるっての)
半勃ちの状態に戻った息子に非難の視線を向けていると、部屋の外から少女の声が聞こえた。
「英君、お目覚めですか?」
慌てて下着を引き上げて英は返す。
「ああ鏡花。起きたよ」
時計を見ると六時十分だった。
目覚ましをかけなくても毎日の習慣で六時には起きるはずの英が階下に降りてこないため、寝坊したとでも思われたのだろう。
扉の向こうに居る声の主は僅かな間を開け、
「朝ご飯ができています。よければお召し上がりください」
「ありがとう。そうさせてもらう」
「お待ちしております」と返事があり、後には無音が残った。
彼女は鱗の足を持っているというのに嗜みだと言って移動の際にほとんど物音をたてない。今日に限ってこの技術はくせ者だ。
彼女がいつもの歩調で階段を降り切って脱衣場までのルートが無人になる頃合いまで待機してから、英は部屋を出た。
脱衣場で洗濯機に下着ごと寝間着を放り込んだ英は、においを気取られるのを防ぐためにシャワーを浴びて入念に身体を洗った。
さっぱりした気分で制服に着替えて台所に行くと、弁当箱で白米が湯気を漂わせていた。
弁当箱は彼女自身のものを含めた通常のものが三つと英の部活前の間食用の小さいものが一つ。ということはもう父は出勤した後だろう。
粗熱を取るために置いてある白米の横で、弁当の別の段におかずを詰め込んでいた和服にエプロンの少女が視線を合わせて頭を下げた。毛先に進むにつれて色素を薄くするアッシュブロンドの髪と垂れた耳が頭の動きに追随する。
「おはようございます英君。シャワーを浴びられたのですね」
「おはよう鏡花。どうにも眠気がとれなくってさ。遅くなっちゃったな」
「いえ、まだお時間に余裕はありますよ。お食事も温かいままです」
英の夢の中で腰を擦り付け、現実で起こしに来てくれた少女は朝にふさわしい清々しい笑顔で応答する。
器をとってご飯をよそおうとする鏡花を制した英は、自分で米と味噌汁をよそいつつ、弁当詰めの作業に戻る鏡花の動きを夢の残滓が残る目で追う。
手首から覗く羽毛や、エプロンの結び目の下で楚々と揺れる尻尾は頭部とは逆で根本が白く、先端に移るごとにアッシュブロンドの色合いを濃くしていく。
吸い込まれるようなグラデーションを
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