裏山へと分け入って運動部が使う道を途中で外れ、雑草を踏みしめて小川へと抜ける。
幼い頃に一度しか歩いたことの無い道は必要に駆られて大人になろうとしていた少年時代を取り戻すかのように、この数日の間で馴染んでしまっていた。
(……草は、踏み固められてはいない、か)
リリの体は小さく軽い。足跡が残らないのも不思議ではない。そう理屈では理解しているが確信できるものがない以上、秘密基地に彼女が居ないのではないかという不安を完全に消し去ることはできなかった。
(俺が何日か前に歩いた跡だってない。枯れかけの草だってあるのにこれなら、もしかしたら道にもリリの魔法が影響を与えているかもしれない)
人間どころか魔物たちの意識からもその存在を隠すことができてしまうレベルの魔法だ。物理的な道を隠すことだって十分できるだろう。
不安要素を打ち消すように思考を回し続けながら、礼慈はやがて秘密基地の扉の前に立った。
汗を拭い、リリが中に居てくれることを祈るように目を閉じて扉を開く。
ヒカリゴケだけでは心もとない秘密基地の通路は、魔力灯の明かりに照らされていた。
魔力灯に魔力を供給しているものが居る。礼慈は咄嗟に奥に向かって呼びかけた。
「おーい、リリ!」
返事はなく、しかし内部のどこかで物が動くような音が聞こえた。
トイレの扉を壊してしまったために空気の流れができて基地内部は換気されているようだが、空気の動きは埃が堆積してしまう程度の緩やかなものだ。前に掃除した際も、リリとまぐわう前に基地内はしっかり片付けたので物が自然に動くとは考え難い。
彼女はここに居るのだ。
「リリっ!」
名を呼びながら居間に出る。
まず目に入るのは手の込んだ刺繍の施されたクロスがかけられたテーブル。
そこから背の低い本棚。二つの木の扉と一つの壊れた扉へと目を移していく。
テーブルクロスは綺麗に洗われており、この前掃除した本棚にも乱れはない。そんな動くもののない静謐の中で椅子が一つだけテーブルから離れているのが目立っていた。
椅子に目が引き寄せられたのと同時に、土の気配が強い空気の中に甘い香りがほんの微かに滞っていることに気付いた。それと意識していなければまず気にすることのない微香だが、礼慈にははっきりとその正体を判別することができた。
(リリだ……)
彼女の香りを嗅ぎ分けることができる自分に今更疑問はない。もう一度基地内で呼ばわった。
「リリ……! 俺だ、礼慈だ!」
返事は返らなかった。が、倉庫の方で何かが軋むような音が聞こえた。
身を隠そうというのなら、扉を壊してしまったトイレや、隠れる場所がない水場の方に行くというのもないだろう。
ある程度物があって身を潜められる場所があるのはこの基地の中には倉庫しかない。
「リリッ」
扉を開けた礼慈は、中に誰もいないことを見てとって言葉を詰まらせた。
倉庫の中は掃除の折に整理されたままで、小さいリリといえども完璧に姿を隠せるだけのスペースは存在しない。
(間違えたか……?)
別の部屋に隠れているのだろうかと考えかけ、思い出した。
この部屋には隠し扉がある。
初めてリリが隠し扉を開けた時の記憶は中に収められていたエロ本によって発情したせいで消えているはずだった。
だが、アレから何度かリリも秘密基地に来ているし、掃除を手分けして行っていた時にはずっと傍についていたわけではない。リリがその間に隠し扉を再発見していてもおかしくはなかった。
思えば、先程耳にした何かが軋むような音は、隠し扉の開閉音だったのではなかったろうか?
「たしか。この辺り」
壁には扉があるような継ぎ目は見当たらない。が、隠し扉があった位置に手を押し当てて力を込めながら壁をなぞるように動くと、ある箇所を支点にして板状にくり抜かれた岩壁が回転した。
そうして姿を見せた、魔力灯で照らされた小部屋の中に頭を三角座りの膝の中へと埋めたリリが居た。
「リリ……」
小部屋の中に一歩踏み入れる。
華奢で白い脚と蜂蜜色の髪で顔を覆って周囲を拒んでいるリリは、礼慈の声にも顔を上げず俯いたままだった。
「リリ……ここに居たのか。皆捜していた」
「……」
沈黙を続けるリリの横に腰を落ち着けて、礼慈は続ける。
「まあ、居場所を知ってて誰にもその場所を言わなかった俺も俺だな」
垂れ下がった髪のヴェールがわずかに動く。リリの尖り気味の耳が動いたのだろう。
無視はせずにいてくれるようだった。
「秘密の場所だもんな。他のヒトには分からなくても、俺とリリだけには分かる。そういう場所だから」
ほっと息をつく。
「リリが本当に怒っていて、俺を許してくれる気がないってことになってなければ居てくれ
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