なかなおり

 礼慈はいつもよりかなり早くに学園に来ていた。
 巨大な正門をくぐる生徒もまばらな中、各学校に繋がる校門まで早足で通り抜けていく。
 その足が向くのは高等部ではない。歩調を緩めた彼の前にあったのは小等部の校門だった。
 そこに居る四つの人影に、礼慈は出来るだけ穏やかな表情で挨拶をする。

「――早くに来てもらってすまないな」
「なに、かまわない。他でもないリリのことであるのだからな」

 同年代ではがっしりした方だが、まだ子供っぽさが残る小等部のドラゴン少女が大物の器を感じさせる鷹揚さで応じた。

 彼女を先頭に、他の三人が頭を下げる。
 彼女たちは礼慈がリリと出会ったあの日、リリを囲って心配していた子たちだった。

「リリちゃん、昨日も一昨日もお昼はお外に出ていたっぽいけどぉ、もしかしてぇ」

 先端がハート型になった尻尾の少女が訊ねてくる。

「高等部に来ているよ」
「ああ、やはりそうですよね! ほら、その、魔力の質も変わりましたし」

 狐耳の少女が頬を赤くして言う。その言葉を考えると、リリがそういうコトに及んでいるということを彼女らは察しているのだろう。

(小等部でこれ……魔物はほんとに早熟だ)

 カルチャーショックを受けていると、人間の少女が確認してきた。

「それって、お兄さん、リリちゃんの彼氏ってこと?」

 人間の女児相手に高等部の人間が小等部の子の彼氏だと答えて大丈夫なのか。少し考えながらままよ、と頷くと少女たちは色めき立つ。

「ほう、それで、そんな方が私たちにいったいなんの用なのだ?」

 ドラゴン娘の声が少し上ずっている。
 やっぱり魔物としてはそういうコトに興味あるのだろうかと思いながら、彼女らに教頭ちゃまを通して渡りをつけた理由を話す。

「リリが君たちとの付き合いが悪くなってしまった理由についてだ」

   ●

 ネハシュを通して正門で待っているようにと言付けておいたリリの背後から、礼慈は声をかけた。

「リリ」
「あ、お兄さま――」

 リリの言葉が止まる。
 礼慈の後ろには彼に連れられて少女たちが付いてきていた。

「……ぁ」

 申し訳なさそうな顔になったリリが逃げるそぶりを見せたので、礼慈は先に脇を掴んでそのまま彼女を道の端まで連行した。
 そんな礼慈とリリをきゃあきゃあと追ってくる四人を待って、礼慈は口を開いた。

「勝手なことをしてすまないけど、この子たちにはリリがどういった話をすると記憶が消えてしまうのかを話した」

 余計なこととは思う。ネハシュもその時はよくてもこれから成長していく過程でこの場に居ない誰かから必ず性に関する話題が出て、そのたびにこのことを話さなければいけなくなる言っていた。そして、そういった話題がリリから記憶を失わせると知った子たちがリリを敬遠してしまって素の会話ができなくなったり、もしかしたらリリがコミュニティから隔離されてしまうといった危惧があるとも。

 だが、リリは今困っていて、家族や礼慈くらいしか頼るものがない状態だ。
 こちらの世界に居たいと言った彼女が、礼慈さえ居てくれればいいと、昨日言った。
 それは嬉しいことだが、リリの弱みにつけこむようにして自分の存在をリリの中で大きくするというのは自分が酒に寄りかかっていたのと同じことだ。
 彼女は今。これでいいのだと自分に言い聞かせて世界を狭くしている。これでは向こうの世界に連れて行って匿おうとしたネハシュとやっていることは変わらない。
 せっかくこちらの世界に居ようと思ってもらえたのならば、リリにはこちらに居たからこそ見られたものを味わってもらいたいのだ。
 それが、今においてはここに居る友人たちだと思う。

 リリは礼慈が友人たちに彼女が理解し得ない記憶喪失の理由を話したことを、「そうなんですね」と納得して、友人たちに頭を下げた。

「あの、わたし、いきなりきおくが無くなってしまうようになってしまって、わけがわからなくて、もしかしたらわたしが知らないところでわたしが何かしてしまったんじゃないかと思ったらこわくて泣いちゃって……だからみんなからはなれるしかないって思っていたの……そんな時にレイジお兄さまと出会えたんです。
 お兄さまといると楽しくて、それで、お兄さまといた時にきおくが消えてしまっても、わたし、こわくないっていうか……わすれちゃったゆめを、楽しかったなって思い出すような感じで思えて、お兄さまはお母さまからわたしのきおくが消えてしまう理由を聞いてもいっしょにいてくれるって言ってくれて、それに安心して、でもみんなに心配をかけたままだったってわたし、知ってたのに、そのままにしてしまっていました。ごめんなさいっ!」

 リリはリリで溜めこんでいるものがあったのだろう。言い訳と謝罪を一気呵成に連
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