お風呂

 住居部に上がった礼慈はリリをソファーに下ろした。
 なぜ上に行くように言われたのか正確には理解していないだろう彼女は据わり悪そうにモジモジしている。

「ここに来るのは初めてでもないんだし、リラックスしてくれていいんだぞ」
「い、いえ……」

 少し考え込むようにしてリリは言う。

「……お兄さまにおんぶしてもらっていたからでしょうか? お尻が少し落ち着かないです」
「ん……そうか」

 それは間違いなく性行為のせいだが、リリには説明のしようがない。

(やっぱり一度寝るのが記憶消去のスイッチか)

 友達と話している時にも記憶の消去がかかるということは、意識が性的なものから逸れた時に消去が働く。という認識で良いのだろう。
 そんなことを思いつつ、礼慈はリリに感謝する。

「ありがとう」
「え、あの……?」
「リリのおかげで、これでいいと決めつけて放り出していたことを変えていけるかもしれない」
「レミお姉さまのことですか?」
「ああ」
「そんな、わたし、そんなにすごいことは――」
「母さんと俺の妥協的だった関係を変えるべきだと言ってくれたのはすごいことなんだよ」

 リリ本人は大したことはしていないという思いがあるようだが礼慈としては現状の、停滞したままでもう良いとある意味で諦めていたものを、その気になれば動かすことができるはずだと説得してくれたのは感謝すべきことだ。
 これからどうなっていくのかは自分次第だが、せっかくならばアスデル家のようになれればいいと思う。

(……しかし、禁酒といい、母さんとのことといい)

「リリには俺の駄目なところをどんどん気付かせてもらってるな」
「え、や、わたしそんな」
「感謝してもしきれない」
「それなら、わたしも、お兄さまにはどれだけかんしゃしても」
「それは俺の方も遊び友達になってくれてることで十分返してもらってるよ」

 何事か言葉を返そうとしていたリリに「うん、間違いない」と強めに呟いて応酬を断ち切ると、リリが恐縮する。
 そんな彼女が可愛くて仕方なく、少しいたずらするつもりで礼慈は提案した。

「何かお礼をしなくちゃいけないな」
「お礼……お礼……ごほうびですか……?」
「そうだ。何か欲しいもの、あるか?」
「じ、じゃあ、わたしといっしょにおフロに入ってください!」

 恐縮していた様子から一転。意外な勢いで言われて、礼慈は面食らう。
 それと同時にこのお願いを受けるのは何度目だろうか。とも思う。
 諸々の事情を鑑みてお願いされるたびに断ってきたのだが、まだリリは諦めていなかったようだ。

「そんなに俺といっしょに風呂に入りたいか?」

 どうにもこだわりがあるように感じられて訊ねると、

「お姉さまが、なかよくなるにはハダカのお付き合いが一番だって言ってて……わたし、もっとレイジお兄さまとなかよしになりたいです」
「分かった分かった」

 今回も断られると思ったのかちょっと必死に言葉を募らせてきたリリを制止する。

「じゃあ!」

 制止の言葉を肯定と受け取ったのか期待した顔を向けるリリに、礼慈はどうしたものかと悩む。
 期待をもたせてしまった後になって断りを入れるのはどうにもはばかられる。それに正直な話。リリの裸を電灯の明るい光の下で見ることができるというのは、リリの体にどうしようもなく魅力を感じている礼慈にとっては歓迎すべきことであった。

「……まあ、汗をかいたろうしな。秘密基地で掃除もしたから、ほこりっぽくもあるし」
「やっぱりおそうじしたんですね」

 消えた記憶の中身を推測するリリは、でも、と口元に指をあて、

「それ以外にも何かしませんでしたか? わたし、ふわふわして、ぽかぽかしてます。すごく、すっごくうれしいことがあったんだと思うんです」

 礼慈は言葉に詰まる。
 リリが子供を産んだら、という話や、子供を産むまでの間は礼慈を独り占めしたいと話していたということをどう伝えたものか悩む。

(全部話そうとするとどうしても性交の話になるな……)

 そうなればリリはまた話したことを忘却してしまう。

「お兄さま?」

 言葉を選びあぐねている礼慈をリリが不思議そうに見る。それに咳払いして、

「……まあ、もっと仲良くしたいなという話をして、仲良くなれるようなことをしたんだよ。詳しくはリリの記憶がまた消えることになるから言えないけど」

 雑に、だが大意としては間違っていない纏め方をすると、リリは大賛成とばかりに頷く。

「はい! じゃあやっぱりハダカの付き合いです!」
「そうだな……」
「行きましょうお兄さま!」

 こういう話の流れになってしまったのだから仕方ない。そう自分に言い聞かせて、礼慈は無抵抗に脱衣所へと引っ張られた。

   ●

 浴槽に溜まっていく湯
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