ヤり手水


 一日の授業をこなしてホームルームが終わると同時に礼慈は荷物をまとめて教室を出た。
 昇降口にある掃除道具入れから箒を二本拝借すると、靴を突っかけて気持ち急ぎ足で小等部を目指す。

 魔物が経営する学園だけあって守結学園は長い時間を授業に費やすわけではないが、小等部より高等部の方が授業が終わるのは遅い。
 あまり待たせてはいけないとペースを徐々に早めていると、校門の所にリリが佇んでているのが見えた。

「レイジお兄さま!」
「……リリ」

 可憐な笑みにこっちの顔も緩んでしまう。
 彼女の手を握ると、少し冷えていた。
 小等部での授業が終わってからずっと待っていたのだろうか。

「待たせたかな」
「やくそくのおかげで待つのも楽しいです」

 リリの笑顔に陰りがないあたり、本当に楽しく待っていてくれたのだろう。
 ありがたいことだが、罪悪感を得ないために待ち合わせをしたのが、これではあまり意味がない。

(図書館を待ち合わせ場所にしておけばよかったか)

 それはそれでリリは本を読まずに自分を待っている気がする。
 それでも外で待たせるよりも数段良かっただろうと反省していると、リリが首を傾げた。

「お兄さま?」
「なんでもない。行こうか」

 リリの荷物も受け持って、二人は裏山に向かった。

   ●

 学園の裏山である以上当たり前のことだが、公園から行くよりも裏山への道のりは短い。
 山道を登り、ロードワークの学生をやり過ごしてから道を逸れる。川を辿っていくと、ほどなく秘密基地の入口に着いた。

 こうしてみると、学生たちが使う道からそう距離はない。小さい頃にはここは未開の地のようなイメージがあったものだが実際はそんなことはない。成長すると世界は狭くなるものなのかもしれない。

 扉を開けて秘密基地に入ると、リリが魔力灯に魔力を注いで洞窟の中に明かりを灯した。
 彼女に先んじる形で居間まで行った礼慈は匂いを嗅いでみた。

 幸い秘密基地の中には昨日の行為の残り香は漂っていない。水場と、扉が壊れたトイレから換気されたのだろう。
 密かに礼慈がほっとしていると、リリが両手をガッツポーズに引き寄せて気合を入れた。

「それでは昨日のつづきをしましょう!」

 リリの服は今日も今日とて装飾に手が込んだエプロンドレスだ。掃除に適しているかどうかは怪しいところだが。彼女はやる気だった。
 礼慈としてもそれ以外にすることは読書くらいしか浮かばないし、読書のことを考えると例の隠し部屋の中にあるエロ本。そして例の光景が頭に浮かんできて心に毒だ。
 煩悩を払うように、礼慈はリリ主導による掃除の手伝いを始めた。

   ●

 昨日掃除を終えた棚の水気が乾くのを待っていた本を戻し、更に足元の埃を拝借してきた箒でトイレに掃き出す。
 そうした作業が一段落つく頃には礼慈もリリも汗ばんでいた。

 いい運動になったものだなと思いながら汗を拭ってテーブルクロスを敷き直した礼慈は、基地内を見渡して言った。

「さて、後掃除ができる部分っていったら、倉庫くらいか」

 隠し部屋も候補だが、あそこのことはとりあえず頭から消しておきたい。

「やりますか? お兄さま?」

 ハンカチで額の汗を拭ったリリが訊ねて来る。本人はやる気満々だ。
 放っておけば今すぐにでも掃除にかかりそうな様子だったので待ったをかけた。

「倉庫はよく調べてないから何があるのかわからない。今日はあの中に何があって、物をこっちに出さないと掃除できないのかそれともそのままで掃除できそうなのか見てみようか」
「分かりました」

 やろうと思えば今日中に掃除に手を付けることはできるだろう。しかし倉庫の雑然具合を見るに掃除を終わらせるところまではもっていけない公算が高い。

 今日はこの辺りが目標でいい。
 そう結論して、礼慈は水筒の中身を煽ると、中に何があるのか確認してくるとリリに言って倉庫に足を向けた。

 倉庫の中にあったのは木箱が四箱と棚二つ。それに魔物のものであろう裁縫セット。それに外で遊ぶためのボールのような小物が転がっているという塩梅だった。
 木箱の中にはトランプやボードゲームが入っており、棚の中には、こちらもやはり非電源ゲームと昆虫やら植物の図鑑が何冊か入っている。

 非電源ゲームの類はどうも対象年齢がこの秘密基地を使っていた層よりも上のようだが、魔物との交流が経ている子たちが遊ぶ、と考えれば――それでも多少の背伸びをしてはいるだろうが――その背伸びも含めてここに置いてある事自体はおかしいことではない。

(本当に遊び場としては完成されてたんだな)

 礼慈たちが使わなくなった後の数代の間によくここまで立派にしてくれたものだ。

(これなら荷物を外に出す必要はないか……)

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