おうち


 言われるがままに部屋に通された礼慈は、広い部屋に圧倒されて落ち着きなくあちこち見回した。
 通されたのは応接室のようだった。重厚な構えの机にソファーが並んでいて、なんとも緊張する。

 リリはサキュバスだろう娘に連れられてどこかに行ってしまったため今は礼慈一人きりだ。

「わざわざケーキまで持ってきていただいて、ありがとうございます」
「家の店で作ってるものです。お口に合えば幸いです」
「あら、ではお店のことも後で教えてくださいね」

 ネハシュは長いソファーに蛇体を横たえて礼慈に正対した。

「“お兄さま”。あの子の遊び相手になってくれてありがとうございます」
「いえ、俺は大したことはしていません。……それと、できればお兄さまはなしの方向でお願いします」
「あらそう? では――礼慈君、謙遜することはありませんよ。お友達とうまくいかなくなってしまっているあの子にとっては遊び相手になってくれる人が居てくれるというだけで助けになるのですから」
「だったら嬉しいです」
「もっと胸を張っていいんですよ? あなたと出会ったおかげであの子の表情が明るくなりました。それはもう劇的に。少し妬けてしまいますけどね。あの子ったらあなたとの秘密を守るために私の探知魔術を弾いたのですから」
「え?」

 初耳である。
 礼慈の反応が面白かったのか、ネハシュは「うふふ」と笑い、

「末の娘というのもあって少し過保護になっているので、どこに居るのか居場所が常に分かるように魔法をかけているのです。
 それが、今日夕方頃にスーパーの近くの公園で姿を感知してからまた公園で姿を捕捉するまでの間、私の探知から消えてしまっていたのです。きっと、礼慈君。あなたとの約束を完璧に守ろうとしたのですね」
「そうだったんですか……リリは魔法を使っているようには見えなかったんですけど」
「きっと無意識の内にそうしていたんですね」
「……そんなことできるんですか?」

 魔法も学問として練り上げられている技術だ。そんな簡単にそのようなことが行えるのかと疑問すると、

「私の娘ですから」

 コメントに困る答えが返ってきた。

「さて、リリが友人たちとうまくいっていないということですが、それについては教頭ちゃまに教えてもらっただけで、あの子に相談されてはいません。ので、私はそれを知らないことになっています」
「はあ……」
「ふふ、私たちのヒミツですね」

 そう言ってネハシュはいたずらっぽく笑う。
 その笑みにリリの面影を感じて同時に魔物の魅力を痛感する。

「礼慈君。あなたはリリが友達とうまくいかなくなっている理由についてはご存知ですか?」
「いえ、リリが自然と話すまではこちらからは問い詰めない方がいいと思ってましたので」
「なるほど。聞けば聞くほどあの子は窮地に佳い出会いを得ることができたようですね」

 ネハシュは笑みを深くして、それから表情をフラットなものに変えた。

「その理由というのは、実のところ、あの子自身は正確な所は理解できないのです。そして、私はそれを話すことができます。
 どうします? 聞きますか?」

 リリでは自分が友達とうまくやれなくなってしまった理由を理解できない。なぜそうなるのか、礼慈には分からなかった。

 性格的に欠点があり、その点に無自覚なせいで友人とうまくいかなくなっているということならば話は分かるが、あの子にかぎってそんなことは断じて無い。
 やはり種族特性――記憶の喪失によるものなのだろうか。

「いろいろと考えてみましたが、そうですね。ここで正確な所が分かるのなら、それが一番あの子のためにもなります」
「そのようにしてくれるのなら、私としても助かりますね」

 一息置いて、ネハシュは問う。

「あの子の種族についてはどの程度の知識がありますか?」
「アリスという、魔物の中でも珍しいサキュバスの突然変異で、幼いまま、性的な体験に関する記憶を喪失する。といったところでしょうか」
「ああ、基本は押さえてくれているのですね。話が早くて助かります」

 礼慈はこの時珍しく会長に本気で感謝した。

「そう、あの子はアリス種です。
 個体差がある所ですが、彼女たちは性に関する体験をまっさらに保とうとするのです。そして……リリは検閲される記憶の範囲が性に関する知識全般にまで及んでいます」
「知識全般……?」

 ちょっとイメージが掴めない。礼慈がいまいち飲み込めていないことを悟ったのか、ネハシュは噛み砕いてくれた。

「リリは自身の性的な体験だけではなく、本や会話から得られる性的な知識全般の記憶を喪ってしまうのです」
「それは……」

 魔物にしてみれば大変なことだろう。
 ただ、それが何故これまで問題がなかった友人との関係がうまくいかなくなることに
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