内階段からリリを連れて一階の店舗に下りる。
出た先は調理場の横、カウンター席の端だ。店には数組のお客さんが来ているようだった。
礼慈たちが下りて来たことに気づいたカウンター席の男女が手を挙げる。
「やあ、礼慈君」
「あら、久しぶり。礼慈君」
「お久しぶりです真さん、芹さん」
「やぁねえ。おじさんおばさんでいいのに」
「いえ、今はお客様なんで。それに、もうおじさんおばさんなんて言える外見じゃないですし」
「あらお上手」
声をかけてきたのは相島夫妻――英の両親だった。
彼らは数ヶ月前まで普通の人間だったが、英と鏡花がくっつくにあたり、鏡花の両親が経営している貿易会社にスカウトされて魔界とこちらの世界を往復する生活をするようになったという。
その影響で二人共インキュバス、サキュバス化しており、外見年齢的にも若返っていた。
「お客とはいっても僕たちもレミさんにいろいろ教えてもらうのを兼ねてるからね、先生と生徒みたいなところもあるんだよ。だから僕たちは目下だよ、目下」
「いや……俺の生徒じゃないですし、それでもお客さんなことには変わりないでしょう」
二人はここしばらく、以前にも増して足繁く店に通ってくれている。
理由としては二つあって、鏡花の両親が経営する会社に移る前は二人共勤勉過ぎるくらいに働いていた人たちだったのが、今では前の会社以上に徹底して休みを与えられており、魔物化したために夫婦の時間をしっかりと取るようになっているのだと英から聞いている。
もう一つの理由は、礼慈の母の礼美(れみ)が人から魔物化した実例として、二人にとって最も身近な存在だからだろう。
真が自分たちは生徒だと言っていたように、二人は礼美に人から魔物に変化した際の体や感覚の変化、そしてそれを踏まえた生活スタイルの構築について教えを乞いに来ていた。
(種族が違うからあんまりあてにはならないと思うんだがな……)
多様な魔物との交流がある礼慈などはそう思うし、きっとそのことはあちらの世界と行き来するようになったという彼らも気付いているだろう。しかし、それでも身近な人から話を聞けるというのは安心材料になるようだった。
だがそれも、
「もうあらかた聞きたいことは聞き尽くして最近は普通にお客さんしてるって話は聞いてますよ」
「うーん……」
真が腕を組み、芹が引き取る。
「本当のことを言うとね、あまり家に居て鏡花ちゃんのお楽しみタイムを奪っちゃうのはどうかと思っているのね」
「あの子、僕たちの面倒もみてくれようとするからねえ」
「あー……大取らしい」
キキーモラの性というものだろう。
「そういうことだからおじさんとおばさんはこちらの世界にいる間はうまいこと時間を潰して家に帰る時間を遅らせるのも仕事だと思ってるんだ」
「でもそれを知られちゃうと鏡花ちゃんが全力を出しかねないから、このことは内緒でお願いね」
「分かりました。このことは秘密にしておきましょう」
世話好きの彼女には悪いが、この二人の心遣いには礼慈としても積極的に協力していきたい。親友たちには幸せになってもらいたいのだ。
芹が「よろしくね」と念押しし、それから礼慈の後ろに視線を移す。
「ところで、そっちの子は?」
つられて真も礼慈の後ろに目をやる。それによって彼の後ろに回り込んでいたリリは余計に礼慈の背中に隠れるようになった。
本人に代わって紹介しようと思っていると、背に頭を擦りつけてから、リリがおずおずと前に出てきた。
「はじめまして。わたしは、リリ・アスデルっていいます」
その名乗りに、二人は少し驚いたようだった。
「アスデル……もしかしてネハシュ・アスデル様のご息女かな?」
リリは頷いた。
「お母さまをご存知なんですか?」
「ん? うん、今の会社の取引先――仲良くしてもらっている相手だからね」
「そうなんですか。よろしくおねがいします!」
ぴょこんと頭を下げるリリ。妙な所で知り合い同士の縁が繋がるものだと思いながら、礼慈は自己紹介する相島夫妻の後に続いてリリに補足する。
「リリ。その人たちは帰りに会った英のご両親だ」
リリはもう一度、更に深く頭を下げた。
「スグルお兄さんにはお世話になりました」
「おや、そうなのかい? あの子は礼慈君によくしてもらっているんだ。リリちゃんも、もしよかったら仲良くしてくれると嬉しいかな」
リリはその申し出に曖昧な顔で笑んだ。
今まさに友人関係で悩んでいる彼女には酷なお願いだったのだろう。
真はリリの応答をはにかんでいるだけだと捉えたようだが、その陰で芹が問いかけるような目を礼慈に向けてくる。
それに肩を竦めるだけで答えとして、礼慈はリリの頭に手を置いた。
「そろそろお腹も限界なんじ
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