飲食店や個人商店が軒を連ねている区画にある建物の前で礼慈は足を止めた。
「ここが俺の家だ」
「カフェ・バー……のんだくれ?」
礼慈が示した建物にかかった看板を読み上げたリリが首を傾げる。
「親が飲食店経営者って話したろう? 一階が店になってるんだ。
昼間はカフェ、夜はバーとして開いてるんだが、店主がサテュロスでな。基本的にいつでも酒を出しているっていうよく分からん店になってる」
昼と夜とで明確に違うのは店内の雰囲気くらいで、昼間は親子で入りやすいファミレスのような雰囲気、夜間はデートコースによさそうなシックでゆったりとしたイメージだ。
今もまた、仲の良さそうな男女二人連れが店の中に入って行った。
どちらかといえば夜の時間帯の方が母のサテュロスとしての本領発揮の時間だ。いつも通りなら店仕舞いになるまで二階の居住スペースに戻ってくる暇はない。
「じゃあ家の方に行くか」
外階段から二階の自宅に上がり、玄関の鍵を開ける。靴を脱いでいるリリを見つめながら、礼慈は問いかけた。
「体は大丈夫か?」
「はい。だいじょうぶ、です」
リリはその場で跳ねてみせ、それからピースサインを送ってくる。
この宣言はキキーモラのお墨付きでもある。言葉通りに受け取ってもいいだろう。
彼女の復調に心の底からほっとして、礼慈はリリの頭に手を置いた。
嬉しそうにクスクス笑うのが心地よい。
だが、と蜂蜜色の髪に手櫛を通して、内心で唸る。
(……やっぱり拭いただけじゃだめか)
リリの上質な髪には一部ざらつく部分があった。
(一応、一目瞭然ってほどじゃないが、やっぱり触ると分かるな)
そこは礼慈の精液が付着した部分だった。
幼い彼女を汚してしまった逃れられぬ物証のようで、思わず目を逸したくなる。
(つってもそうはいかないな)
このままリリを家に帰したら、いたずらされて解放された少女そのものだ。
どこまで感づいていたのかは分からないが、友人二名は良い指摘をしてくれた。
(好き放題やっておいて守る名誉もクソもないけど……)
リリの親はかなりの権力者のようだし、怒らせてしまって母の店が潰されてしまうのは避けたい。
陽も落ちてしまった以上、今更早く帰しても心証は悪かろう。誠意として示せるものは示していこうと決め、礼慈はリリに訊ねた。
「家への連絡手段はなにかあるか?」
「えっと、わたしが居る所ならお母さまはすぐにまほうで分かりますけど……」
(魔法……)
なんとなく嫌な予感がしながら礼慈は問う。
「リリからそのお母さまに連絡をとる方法はないか?」
「えっと……すみません。わたし、お姉さまたちみたいな強い力はなくって……まほうもとくいではないんです」
「いやいいんだ。それを言ったら俺は全く魔法なんか使えないしな……電話は?」
「すみません。持ってないです」
「うんわかった。問題ない。こっちでリリは今日帰りが遅くなるって話をしておくから」
「あ、ありがとうございます」
懸念だったのだろう。リリがほっとしたように頭を下げる。
礼慈はどうにか連絡を取る算段をしながら言った。
「その間にリリはシャワーでも浴びておこうか」
「え……でも……」
リリはためらうような素振りを見せた。
まあ、初めて来た人間の家でいきなりシャワーを浴びてくるようにと言われれば躊躇するだろう。
「石鹸も自由に使ってくれていいし、着替えも用意しておく。脱いだ服は洗濯機に入れておいてくれれば洗って乾燥機に通してしまおう――山に入ったせいでけっこう汚れてるからな。一度さっぱりした方がいいと俺は思う」
言われたリリは自分のことを見回す。
「わたし、汚れてますか?」
「汚れているというより、くたびれているって感じだな」
「あ、あの、じゃあわたしシャワー浴びてきますね」
リリは慌てたように浴室に入って行く。
女の子に対して少し意地の悪い言い方をしてしまっただろうかと思うが、行為の残滓の残る体で居続けさせるという事態は回避できた。
(なんというか……証拠隠滅を図る犯罪者の気分がしてくるな)
やっていることはまさに行為の痕跡を消すことなので笑えない。
「あの……服、ぬぎました」
「ああ、じゃあ洗濯機は回しておくから……あー、適当に回して大丈夫な服なのか?」
この家にはリリが身に着けているような手の込んだ服なんて存在しない。いまいち扱い方が分からなかった。
(これで服を痛めても事だしな……)
「わたしの服はアラクネのお姉さまに作っていただいてて、じょうぶに作ってもらってます。お外で走り回っても、やぶれたりはしないんですよ」
「なるほど」
「あ、今はそんなやぶってしまうようならんぼうなことはしないんですよ。……
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