公園の幼精

「暇だ」

 やたらと座り心地の良いソファに身を沈めた礼慈は、酒気を帯びた息を吐きながら狭い室内でひとりごちた。

 通常教室の半分程の広さの部屋の中には所狭しと棚が並べられている。中に詰まっているのはこの学園がこれまで積み上げてきた人魔共学の歴史だ。
 暇つぶしに手に取っていた、過去学園祭で催されてきた企画をまとめた資料を読み終えた礼慈は、これからどうしたものかと考えていた。

 この部屋は資料以外に特に見るべきものもない。だが、こうして暇な時に一人で飲酒しながら時間を潰すには都合が良いため礼慈は度々利用していた。

 完全に私室のように扱っているが、他の役員たちから文句を言われたことはない。彼女らにしてみればこんな狭苦しい部屋に篭もるよりももっと楽しい遊び場に繰り出してこの世界を満喫したいのだろう。

(おかげで俺はこんなに上等な椅子を独り占めできるんだが)

 学園という公共の施設で得られる個室というのはちょっと昏めの優越感を味わえて気分が良い。
 普段時間を持て余した際には勉強などして過ごしているのだが、どうにも今はそういう気分でもない。

(早々に退散して図書室にでも行くか……)

 昨日魔物らしい感性でハッピーエンドに改変された悲劇の話を聞いたせいか、違う視座をもって昔読んだ物語を読み直してみるのも悪くはないかもしれないという気分になっていた。
 そうと決まれば、と席を立った礼慈の耳に隣の生徒会室へと誰かが入ってくる音が聞こえてきた。
 手慣れた素早い動作で水筒をカバンにしまう間に、足音は生徒会室を横切って準備室の前までやって来た。

 軽いノックの後に返事を待たずに扉が開く。
 そこに立っていたのは三名。高等部生徒会長であるルアナと、彼女に似た面立ちをした少女と、その二人に挟まれている男性教員だった。

「高等部の会長に中等部の副会長。それに高等部生徒会顧問と三人そろっているということは、これからデートですね?」

 会長はヴァンパイア。そして彼女に似た妹はヴァンパイアの天敵ともいえるダンピール。更に姉妹に両腕を組まれている彼は人間。この三人は一組の恋愛関係を構築していた。

 一夫多妻は魔物たちがこちらの世界に来てからというもの、そう珍しくもない。しかし、彼女ら姉妹は向こうの世界でもこちらの世界でも名の知れた貴族の子女だ。更に、ヴァンパイアらしく貴族以外には話しかけることも極端に少なかったというルアナの性格も彼と付き合いだしてから様変わりしたというのだから話は違ってくる。

 生徒たちの間では生徒会顧問武彦教諭は、夜の貴族を調教する夜の帝王とも、夜王とも呼ばれて密かに尊敬されていた。
 実際に会って話をしてみるとどことなくぼんやりとしていて、人好きのする笑みが似合う、とてもそんな凄まじい名で呼ばれるようには見えない人物だ。本人も噂を弱気に否定しているのだが、姉妹がどちらもその噂を否定しないせいで全校生徒的にはそういう扱いになっている。

 ある意味かわいそうな人なのだが、ヴァンパイアとダンピールを実質嫁にしている以上、彼の言い分の方に無理があると言わざるを得ない。
 それに、彼自身礼慈たちと同じ齢の頃には世界中を旅して回っていたというし、礼慈としてはむしろ武彦の自己認識の方こそが過小評価なのではないかと思っていた。

「ああ、君のおかげで仕事は片付いてしまったからな。せっかくなのでデートをさせてもらうとも」

「だが、その前に」と彼女は言葉を繋げた。

「昨日君が小等部で見たという少女についてだ。少し気になったので調べてみたのだが、面白いことが分かった。君にも伝えておこうと思ってな」
「いや、別に俺はあの子について知りたいわけじゃないです。わざわざ伝えてもらわなくてもかまいません。というか個人情報をほいほい人に言うもんでもないでしょう」
「まあ、君に不利益はないさ」

 礼慈の言葉を流すルアナ。抗議の視線を向けるがどこ吹く風な様子の彼女に、妹が空いた手で手刀(てがたな)を作り、よく見れば両腕を姉妹に拘束されているらしい顧問が諦めたような表情で「ごめん」と頭を下げた。

 それらの流れを眺めた上でルアナは頷きを一つ作り、

「いいな? まず、リリという名の少女だが、フルネームはリリ・アスデルという」

 昨日本人から聞いた名だった。
 礼慈としては特に反応することもなかったが、会長の連れの二人が顔を見合わせた。

「鳴滝君、すごい方とお知り合いになりましたね」

 武彦の言葉に礼慈は待て、と手を立てた。

「あの子は有名なのか? 俺は知らないぞ」

 あれ程の容姿だ。どこぞでアイドル活動をしていてもおかしくはないが、と思っていると、ルアナが楽しげに頷く。

「それはまあそうだろう。あくまであちらの世界やこちらの学
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