「失礼しました」
小等部の職員室を辞した礼慈は、手にした書類の一番上にきていた全学合同文化祭企画案のまとめを見て、改めて唸った。
一行目にはリアルおままごと(個人コース)とある。
(大丈夫なのか?)
魔物娘たちが行うリアルおままごと。一体どこまでが“おままごと”の範囲に含まれるのかと詳細を見ていくと、企画立案はサバト守結学園支部とある。
(ああ、半数くらいは実年齢的に何かあっても問題なさそうだな……)
向こうの世界から魔物たちがやってきてから早数世代。彼女らの生態については周知されてきてはいるが、幼かろうとも愛に目覚めてしまえば子作りもいとわないという習性は実感としては認識されておらず、いざその場になると戸惑う者も多いと聞く。
一方でサバトというのは幼い者たちのコミュニティーではあるのだが、それは外見だけで実年齢については様々だ。本当に幼い者もいれば実年齢何十歳という者もおり、更にまとめ役のバフォメットに至っては御歳三桁とも四桁とも言われている。そういった者たちは本当に幼い子たちの場合と違って、相手が戸惑っても重ねた年輪の余裕で対応しているらしい。
そんな存在たちが小等部校舎で催しを開くのはある意味詐欺なのではないかと、パステルカラーで彩色された企画書を企画案の下から引っ張り出して礼慈は思う。
(大学部じゃだめなのか……?)
守結学園は幼稚園から大学までを揃えた魔物たちが運営している巨大教育施設だ。学園祭で企画をしたいのならば受け皿が広くて学府の性質上融通のきかせやすい大学部でやればいいのにと思うのだが、
(企画立案者は……教頭ちゃまか)
教頭ちゃまは全学で教頭の役職に就いているため皆にそう呼ばれているバフォメットだ。彼女が幼女信仰を旨とする宗教、サバトのこの世界における長である。
彼女が企画したのなら、元来そちらの気のない利用者を積極的に勧誘していく構えなのだろう。ならば、余計な口出しはしない方がいい。
(下手につついてこっちまで取り込みにかかられたらたまらん)
そう思っていると、突然感情的な声が聞こえてきた。
「……?」
声のする方に目をやってみると、校舎と体育館を結ぶ渡り廊下に何人かたむろしている。
ケンカだろうかと思って近づいてみると、どうやらその場に居るのは全員女の子らしいと分かる。
遠目でも分かる体の形状から、魔物の姿が多いようだ。
守結学園に通う魔物娘たちはこの世界への進出の嚆矢であるリリムや、その息がかかった者たちによってある程度こちらの世界に馴染めるであろうと判断された者たちが選考されている。
しかし、様々な種族が共同生活を送るとなるとどうしても諍いは発生する。小等部ともなれば、幼いことも手伝って衝突が増えるのは仕方ない。
とはいえ、本質的に慈しみ深い彼女らのことなので、仮に人と魔物という明確な力の格差がある構図での諍いであったとしても、大事に至ることはない。それはこの世界の全人類が数世代を経て理解したことだし、礼慈個人としても実感のあることだ。
なのであの場は放っておいたとしても問題はないし、時間が経てばその内教員の誰かが仲裁に入るのだろう。
が、
(気付いてるのにケンカを見過ごすのも先輩としてはな……)
そんな義務感じみた思いから、礼慈の足は騒ぎの方へと向かっていた。
どのように仲裁しようかと考えながら彼女らのもとに近づいた礼慈は、どうやら一人の女の子を複数人が囲むような状態になっているようだと見て取った。
「おい、どうした?」
眉を顰めながら声をかけると、少女たちが振り向いた。
「わ……っ?!」
礼慈の顔を見て人間の少女が半歩身を引く。
礼慈は生まれつき目付きが悪く、人間の子供には昔から不評だった。長じて年並みの貫禄が付いた今となっては、町を歩けば不良学生扱いされることもある。
少女たちは突然声をかけてきた礼慈に戸惑いの顔を向けている。
何かを隠しているような後ろめたさのようなものはない。魔物はともかく、人間の女児がこの顔を前にして礼慈を騙せるほどの腹芸はできまい。
ケンカやいじめとは関係がなさそうだ。
人間の少女が引いたため、包囲が崩れてその中心が見えるようになった。そちらに礼慈の注意が向いたのと同時に、鼻に甘い匂いが香ってきた。
少女たちに囲まれて床に座り込んでいたのは、西陽にきらめく蜂蜜色の髪を長く伸ばした少女だった。
泣いている少女を心配そうに見ながら魔物の内の一人が言う。
「リリちゃん、ぼぅっとしてたと思ったら、いきなり泣き出しちゃったの」
ということは、先程聞こえた感情的な声はいきなり泣き出したという少女のものということになる。
(……癇癪か?)
礼慈として
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