両手の花


 ラリサは自室で枕に顔を押し付けて肩を震わせていた。

「……っ……っ」

 嗚咽が部屋に虚しく木霊している。そんな時間がもう随分と続いていた。
 枕を抱きしめ、言葉にならない想いを吐き出しては身をよじる。

 と、その時大きな音が発生した。

「――?」

 屋敷全体を震わせるかのような大音に、ラリサは顔を上げた。周囲を見回すが、続く音はない。

 首を傾げるラリサ。ガラスが割れるような二次的な音は無かったとはいえ、床なり壁なり、屋敷のどこかには何らかの被害が出たであろうと想像できる程度には大きな音だった。
 と、なれば。

「一応、確認しておこうかな……」

 のっそりとラリサは起き上がる。
 涙や鼻水やらで汚れた顔面を袖口で擦り、ため息をつく――と、また音がした。

 今度は先のように大きな音ではないが、一度だけでは終わらなかった。
 ほぼ一定の割合でタ、タ、タ、タ、タ……と続く音はまるで足音のようで、

「誰か居るの?」

 使用人に暇が出されたため、今この屋敷には誰も居ないはず。このような音が聞こえるはずがない。しかし、足音らしき音は部屋の前を駆け抜けていく。

「蘇ったばかりの子がお姉ちゃんの言うことが分からずに遊びに来ちゃったかも」

 ――だとしたら、最初に聞こえた大きな音もその子がいたずらしたという解釈をラリサはするだろう。

 私の予想どおり、ラリサは立ち上がると部屋を出た。

   ●

 ラリサが足音がしている方へと視線を向けると、丁度廊下の角を曲がっていく影が見えた。

「まったく……」

 ラリサがその影を追いかけて廊下の角を曲がると、ちょうどドレスの裾が滑るように消え、一瞬だけ小等部くらいの背丈の位置で靡く金髪が見えた。

「ちょっと、走り回っちゃだめだよ」

 声に返事は無い。
 軽快な足音からするにゾンビではないし、足が無いゴーストでもない。それにドレスの裾が見えたことから貴族の子ということになるはずだ。

 だとしたら、前を行く侵入者はこの屋敷で働いている子たちではない。

 両親と知り合いの、夜会にやって来た向こうの世界の貴族のご息女がやって来た。というのが回答としてあり得るだろう。

「貴族の子がそんなことしちゃだめだよ!」

 自分は階段を一気に跳び下りながら言うラリサにやはり返事はなく、代わりに彼女の前で一つの扉が閉まるのが見えた。
 その扉の前まで行くが、部屋の中は打って変わって静かだ。
 扉の上にはレクリエーションルームの表示がある。

「こんな気持ちの時に、よりによってここかぁ……」

 呟くラリサ。レクリエーションルームは姉妹そろって武彦に尻を叩かれた場所だった。
 ラリサとしても思い入れがある場所だろう。
 扉を開けたラリサは絶句した。

「……なに? これ」

 部屋の中でラリサを待ち構えていたのは、こちらの世界にやってきたばかりの年頃の私たち姉妹だった。

 ラリサが周囲を見回す。

 調度品などはそのままのものが置かれている。部屋の中に不審な点は無い。ただ、目の前に要る姉妹だけが異常であった。

 紅い瞳の姉妹の内、ラリサについてはこの頃はまだ長い髪をしていた。彼女が髪を短くしたのは傍目にも彼女が武彦に惚れていることが明らかになった後のことだ。

 姉とは明確に区別して自分を見てもらいたかったということだろうか? もしそうならば、なんと微笑ましいことだろう。

「誰かのイタズラ? やめて」

 姉妹を見ながらラリサが言う。
 それに対して姉妹からも、その他からも返事はなく、ラリサはそのことにため息をついた。と、彼女の髪がふわりと浮いた。その周囲で魔力を帯びた空気が帯電したかのように火花を散らす。

 次の瞬間、彼女から魔力が放出された。

 部屋の中を圧が満たす。

 それが空気に馴染んで溶け消えていくまでの数秒を魔力の放出で荒れた呼吸を整えるために使っ
たラリサは、相変わらず自分の前で微笑む姉妹に焦れたように言う。

「私の魔力で消えないってことは、お姉ちゃんが作ったものじゃないんだ? じゃあ誰? あんまりだんまりだと私も怒っちゃうよ?」

 そう言いながら、ラリサは明確に警戒を始めていた。
 賊が侵入した可能性を本格的に視野に入れ始めたのかもしれない。
 ならばこちらも雰囲気重視。
 音を立ててレクリエーションルームの扉を閉めた。

「――――っ」

 ノブが回されるが、魔法的に開かないようにされた扉はびくともしない。

「ただのイタズラじゃ、ないってことだね


 そう言うラリサの後ろで少女の私が口を開いた。

「お姉ちゃんに手を上げるなんて、わるい子」

 ラリサは少女の私を見て、でも、と言う。

「ああでもしないとお姉ちゃんは好きな人を諦めてたじゃない」
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