壁の花

 初春の陽が沈んでいく。
 空気に夜の気配が満ちていくことに本能的な高揚を感じて、私は身じろぎした。

 初等部四年にこちらの世界に作られた守結学園に転入してはや七年目。陽の光の下での生活にも大分慣れたと思っていたが、ヴァンパイアという種族的にはどうもそうはいかないらしい。

 ほとんど終わった課題を脇に置いて時計を確認する。
 教室には誰も残っていない。皆、部活なり逢引などに出かけたのだろう。
 私もそろそろ生徒会室に行かなければならない時間だ。席を立とうとすると、教室の後方にあるドアから音もなく気配が侵入してきた。

 振り向くと、初等部からの付き合いになる、この世界生まれのファントムが居た。
 彼女は私を見ておや? という顔をする。

「ルアナ様ではありませんか。本日はたしか生徒会が部活の予算を決定する会議があるはずでは?」
「そうだミレイ。皆が資料をまとめるまでの時間を課題に充てている」

 ミレイは腕を広げて「なる程!」と訳知り顔で叫んだ。

「皆、鬼がすぐ傍に居ては資料のまとめどころではないと、そういうことなのですね?!」
「鬼とは無礼な。今の私は肉体的には下等な人間並だ」
「嗚呼、怒らないでいただきたい。不機嫌な顔をされては見事な金の御髪も精彩を欠くというものです」
「ミレイ。君、中等部二年でファントムになってから、本当にいい性格になったな」
「守結学園高等部首席、貴族であり二年生にして生徒会長の座に君臨する我らが会長のお褒めに預かるとは光栄の至りでございます」

 大仰な物言いは相変わらず。私としては初めてミレイを見つけた頃の、ゴーストになった自分を理解出来ておらず混乱していた、あのなんとも哀れを誘った姿を懐かしく思う次第だ。

「どんなに褒めても演劇部の予算は増えないが」
「ルアナ様、私めが所属しているのは正確には実践派演劇テロ集団<仮面舞踏会>バル・マスケでございます」
「……そうやって部を小分けにするから予算委員会で担当が頭を抱えて部室が足りなくて異次元作成依頼が増えることになるのだ」

 とは言うが、ミレイたちが行う演劇は即興でその場に居合わせた人物も巻き込んでは最終的には学内で性交を含む劇を実行する過激派。馴染みきれない人間や引っ込み思案のドッペルゲンガーたちや純粋に劇について学びたい者たちとの住み分けという意味ではこういう分派も有りではある。

「おや、難しい顔をしておられますね。近頃は夜会に生徒会にと大忙しのご様子。どうかご自愛ください」

 誰のせいで難しい顔をしているのか教えてやりたいところだ。

「忠告ありがとう」
「何か力になれることがあればいつでも言ってください。私はルアナ様のためにならば全力で事に当たらせていただきます」
「ああ」
「私だけではありませんぞ。それこそ、ルアナ様が普段の峻険な顔を緩めてもっと皆に話しかければその思いを表に出す者もまた増えましょう」

 ミレイは悪い娘ではないが、どうにも妄想癖が強い部分がある。夫と共に演劇風の特殊な交わりを行っているらしいので月日が経つごとにその傾向は強くなっているようにも感じる。

「貴族でもない相手に話しかけるというのは私たちヴァンパイアの流儀ではない」
「またそのようなことを仰る。まだゴーストだった頃から私めのような道化相手でも話しかければ付き合ってくださるではありませんか」
「声をかけられれば反応するさ。民の声を聞かない領主などただの暗君だ」

 ミレイは大げさに肩を竦めた。

「何はおいても妹君の気さくな部分だけは見習うべきではないかと思うのです」
「妹は妹。私は私だ。さて、そろそろ行かなければ」
「む、私も行かなければ計画に遅れてしまいますな」
「……あまり混乱を起こさないように」
「お任せあれ。私共の手にかかれば諸人は混乱する間もなく演劇の舞台役者になっていますよ」

 不安になる言葉を残して礼をすると、ミレイは教室を出て行く。私も荷物をまとめ、

「……そんなに厳しい顔をしているつもりもないのだが」

 零れた言葉をため息で打ち消し、教室を出た。
 今夜は夜会もある。終わる頃には夜も深くなっているため課題を終わらせてしまいたかったが、少し残ってしまった。生徒会の予算会議が終わった後に少し残って片付けようか。

 夜会への参加も二年目。振る舞いも板についてきたように思える。
 こういった物事を一つずつこなすごとに向こうの世界にある領地を治めるための準備が整うように感じて身が引き締まる思いだ。
 そのようなことを考えていたら生徒会室の前についていた。

 先のことより、まずは目先のことを確実に。そう自戒しながら生徒会室に入室する。

   ●

 予算委員会は順調に進んでいた。

 役員たちがまとめた資料を見ながら予算の割り振り
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